甲子園の風BACK NUMBER
「あまりに問題が多すぎる」名将・蔦文也のブレーンが訴えていた“甲子園とカネ”の悩み「池田野球部はなぜ自転車操業に陥った?」蔦を熟知する池田OBの証言
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近藤雅人Masahito Kondo
photograph by日刊スポーツ/アフロ
posted2026/07/29 11:01
池田高校の蔦文也監督と白川進部長
学校スポーツへの「生々しい問題提起」
田中仰氏は、この問題に真正面から取り組み、往時の池田高校野球部の資金繰りの構造を解明している。この部分は決して過ぎ去った昔の話ではなく、現在にも通じる学校スポーツのあり方についての生々しい問題提起として読むことができる。
蔦氏は80年代、夏春連覇を成し遂げた後、野球部監督を務めるかたわら講演活動に明け暮れた。時あたかも日本経済がやっと欧米に追い付き追い越した頃。各種セミナーで講演会謝礼の額が急騰していた。もちろん蔦氏の講演謝礼も高額化していったと思う。蔦氏は、池田高校野球部の運営資金を捻出するために講演活動に精を出したのか。それとも単に私腹を肥やしていたのか。
その答えは田中氏が本書で解き明かしているので、ここでは詳細には触れない。私は蔦氏の人柄によく触れていたので、田中氏の見解を支持したいと考えている。が、見る人から見れば、まったく異なる見解も生じよう。お金の問題はとかくややこしい話になりがちだ。
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蔦氏はこの講演活動で毀誉褒貶に悩まされることになった。蔦氏にとっては不幸なことであったろうと思う。
「その非難には首をかしげる」
甲子園とカネの問題は、思わぬところに飛び火する。野球名門校になるにつれて部員数が増え、選手起用に不満が出た。レギュラーの選考は蔦氏に最終決定権が握られていたが、講演会にかまけて現場を見ていないではないか、選手の技量ではなくエコ・ヒイキで選んでいるのではないか、という疑心暗鬼が一部の選手の間に渦巻いていく。選手たちは選手たちで野球に青春の全エネルギーを注いでいる。彼らにとっては切実な問題だったろう。
私は野球の経験がないので、そうした指摘が当を得ているのかいないのか、判断する基準をもたない。しかし、かつて蔦氏からじかに聞いたのだが、ある甲子園常連校の監督が自分の息子をエースに起用しているのを見て、彼は「ワシにはとてもあんな振る舞いはできん……」と本音を漏らしていた。蔦氏は自分の息子を二人、池田高校の野球部に入部させているが、二人ともレギュラーとして固定的には起用していない。部員数が絶対的に不足していた時代にもかかわらずである。当時の人たちに聞くと、二人とも野球の技量がとくに劣っていたわけではなかったという。蔦氏はレギュラーから零れ落ちる選手たちの無念をよく知っているがゆえに、自分の息子を抜擢するのに躊躇した。身内に涙をのませていたのである。

