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「よく、来れましたね?」蔦文也の記事に批判、池田高校を訪ねた日…徳島現地で対面した“池田野球部OB”の反応「え、あの記事を書いた人?」 

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田中仰

田中仰Aogu Tanaka

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posted2026/07/27 11:01

「よく、来れましたね?」蔦文也の記事に批判、池田高校を訪ねた日…徳島現地で対面した“池田野球部OB”の反応「え、あの記事を書いた人?」<Number Web> photograph by NumberWeb

徳島県立池田高校、野球部練習の様子(2025年撮影)

「ものすごく反響がありました。あのような形で記事に出るとは思わなかったので」

 ややあって井上が続けた。「亡くなった人のことをああいう風に書くのはどうなのかとか。そんな声も私のところに寄せられました。てっきりコミカルな蔦先生像が書かれるものと思っていたので」

 何と答えればいいのかわからなかった。謝るというのも違う気がして、沈黙を続けた。

「よく、来れましたね?」

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 しばらくすると、小柄な中年男性がグラウンドに現れた。

「久しぶり。コールド負けしたって聞いたから来たよ」部員が持ってきたパイプ椅子に座りながら、その男は井上に話しかけた。

 野球部の関係者だろうか。とりあえず会釈をするわたしに井上が紹介してくれた。

「彼は池田野球部の同期です。ショートのレギュラーで、甲子園でホームラン打っています」

 男は、森と名乗った。

 わたしは名刺を渡した。「ナンバーのWebで記事を……」。すると森は「ああ、あの記事ですね」とやや皮肉めいた調子で言った。

 つづけて「わたしが書いた記事でお騒がせを……」と伝えると、森は目を見開いた。

「えっ、あれを書いた人!?」

 わたしは黙って頭を下げた。すると森は一瞬の間を置いて言った。

「よく、来れましたね?」

 わたしが池田を再び訪れた理由は、メディアの責任を果たしたい、などといった大それたものではない。記者の矜持という恰好いいものでもない。

 蔦文也とは何者だったのか。

 頭に沈殿し続ける、蔦文也という謎を解明するためには、再び行くしかなかったのだ。

<つづく>

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「蔦文也は本当に名監督だったのか?」1年前の池田高校記事が炎上、関係者も不快感…それでも記者が“再び徳島へ向かう”まで「致命的な事実を見落としたのか」

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