- #1
- #2
甲子園の風BACK NUMBER
「もう投げる場所がない」弱気発言の6日後…沖縄尚学・末吉良丞“まさかの復活”に密着「末吉を完璧に守った」比嘉公也監督がニンマリした“ある瞬間”
text by

松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph byTakarin Matsunaga
posted2026/07/25 17:01
沖縄県大会の準決勝と決勝に登板し、2年連続の甲子園を決めた沖縄尚学・末吉良丞。復活のウラには比嘉公也監督の深謀遠慮があった
「勝ちながら休ませる」比嘉監督の深謀遠慮
そして今大会、比嘉は監督としての卓越したマネジメント力を存分に見せつけた。
1999年に沖縄県勢として初めてセンバツ優勝を果たした沖縄尚学のエースだった比嘉は、監督としても2008年のセンバツ、2025年夏の甲子園と二度にわたって全国制覇している。実績的には文句なしに名将と謳われてもいいはずなのに、県内では「勝てるのはいい選手が集まるから」と監督としての手腕を認めない風潮も一部にあった。
沖縄尚学に県内トップクラスの選手が集まるのは確かだ。だが、それだけで勝てるほど高校野球は甘くない。そしてこの夏、比嘉は「勝つ」というミッションを完遂しながら、同時に末吉をどう回復させるか、どう守るかを第一に考えた。
ADVERTISEMENT
正直、左肘靭帯損傷がどの程度の重症だったのかはわからない。だが、比嘉は医師の診断が下った以上、「投げたがる末吉」をこの機会にしっかり休養させ、心身ともにリセットさせるチャンスだと考えたのではないか。
先に詳述したように、比嘉は6月6日の招待試合で末吉をベンチから外し、報道陣に「左肘靭帯損傷の疑い」を公言した。嘘は言ってない。“疑い”なのだから。今にして思えば、それをメディアが報じて、チームの内外で「休むのが当然」という空気が形成されるところまで見越しての発言だったように思えてならない。
比嘉の名将たる所以は、末吉を守りながらチーム強化にも余念がなかったことだ。
「チームには『末吉が投げないと勝てない』と言って投げさせて怪我をしたら、これはチーム全体の責任だと。そうならないように他のピッチャー陣が成長する必要があるというのは、もうずっと言い続けてきました」
末吉を休ませたことで、サウスポーの久高が台頭した。そして末吉がモチベーションを落とさぬようDHという新たな役割を与えた。末吉は5試合で19打数8安打、打率は.421、二塁打3、三塁打1、打点4と、中軸での起用にふさわしい成績を残した。末吉の打順も含め、初戦から準決勝まで毎試合組み替えた打線も機能した。“勝っているときはいじらない”というセオリーを無視してまで、比嘉は己の考えを貫いた。
厚みを増した打線に加えて、投手陣は末吉と新垣の2本柱に久高が加わった3本柱へと進化した。これが現在の沖縄尚学だ。結果的に、比嘉の狙いは理想的な形で結実したことになる。


