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甲子園優勝投手が“表舞台から消えた”…末吉良丞の“左肘重症説”は真実か? 比嘉公也監督が言った「投げるかはわかりません」沖縄尚学に現地で密着 

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松永多佳倫

松永多佳倫Takarin Matsunaga

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posted2026/07/25 17:00

甲子園優勝投手が“表舞台から消えた”…末吉良丞の“左肘重症説”は真実か? 比嘉公也監督が言った「投げるかはわかりません」沖縄尚学に現地で密着<Number Web> photograph by Takarin Matsunaga

昨夏の甲子園を制した沖縄尚学のエース・末吉良丞。今春以降、故障のためマウンドから遠ざかっていた

「左肘靭帯損傷の疑い」比嘉監督は“疑い”を強調した

 試合後、末吉の状態について比嘉を直撃した。

「本人は『投げられる』とは言っていますが、将来がありますので……。たぶん間に合うとは思うんですけど、様子を見ながらですね。表現は難しいですけど、目先にこだわらずに怪我をさせちゃいけないと思うので、しっかり将来を視野に入れながら考えていきます。彼も後悔はしたくないとは思うので、病院やいろんな方としっかり相談しながらやっていきます」

 珍しく歯切れが悪く、慎重に言葉を選んで答えている印象を受けた。

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 地元の記者が「九州大会のときに左肘靭帯損傷の疑いという話でしたが」とぶつけると、比嘉は意を決したように口を開く。

「そうですね、たぶん僕が今肘を診断しても“疑い”って出ると思うんです。左肘靭帯損傷の疑いという診断だからといって、大怪我ではないかなと思いますね」

 比嘉はあくまでも“疑い”だと強調した。そのため広義的にも捉えられるが、左肘靭帯損傷と公言したからには単なる肘の違和感では済まない。

 問題は損傷がどの程度なのか、だ。仮に断裂ならば夏には到底間に合うはずもない。靭帯が少し伸びた程度なら保存療法で治癒することもあるが、夏の大会まで2週間のところでベンチから外れた事実は、症状が決して軽くはないことを想像させた。

 比嘉の発言はもちろんオフレコではなく、数人の現地メディアの前で話したことだ。筆者は夏の県大会には間に合わないだろうと考えた。いやむしろ、間に合ったとしても、末吉の未来を守るためにも投げさせないでほしいとさえ思った。

 その後、末吉は背番号10で県大会のメンバーに登録された。九州大会に続き、背番号1は新垣が背負うことになった。

 末吉が故障した原因は、2年夏から3年春までに蓄積された疲労と無関係ではないだろう。プロ野球でさえも半年のシーズンが終われば2カ月間の完全オフに入るのに、17歳の少年が夏の県大会、甲子園、U-18ワールドカップ、秋季大会、秋季九州大会、センバツ、そしてU-18代表候補合宿と、息つく暇もなくずっと緊張状態だったのだ。

 試合で投げ込んだ球数そのものは酷使というほどではなかったかもしれない。だが、実戦に次ぐ実戦の緊張が絶え間なく続くなかで、成長途上にある高校生が心身ともにどれだけ疲弊するのかが考慮されていなかったのではないか。試合での投球数だけでなく、高強度の試合で投げるためにブルペンで肩を作る頻度も鑑みれば、実際の負荷は相当なものだったはずだ。

【次ページ】 「この夏はバッティングを見てください」

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