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「縁がないんだろうな」W杯も五輪も“理不尽落選”日本代表FW…26歳の転機「欧州移籍?いや、米国でイイっす」久保裕也が引退後初めて明かす真相
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ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byTakuya Sugiyama,kiichi Matsumoto
posted2026/05/24 06:03
日本代表で活躍していた頃の久保裕也。ロシアW杯やリオ五輪本大会で“不運すぎる落選”となった当時のリアルな心境を明かす
すると、ヤングボーイズが方針を急転換して、久保のオリンピックへの派遣を認めないと決めたのだ。
代表に縁がないんだろうな、と
代表側が自由に選手を招集できるW杯とは異なり、基本的には23歳以下のメンバーで構成される五輪では、クラブ側が代表選手の派遣を認めるかどうかの決定権を持つ。当時の日本サッカー協会でナショナルダイレクターを務めていた霜田正浩がスイスまで飛び、ヤングボーイズと交渉したものの、決定はくつがえらず、まさかのメンバー入れ替え。久保は五輪期間中もヤングボーイズでプレーすることになった。
「やはり、そういう状況は起こるんですよ。クラブが決めたら、選手はその決定に従うしかないので。オリンピックへの参加をクラブに認めてもらえない選手はこれからも出てくると思いますけど、そこでグチグチ、文句を言っても仕方がないですから。オリンピックのことなんてできるだけ早く、忘れちゃった方がいいですよ。忘れて、次の試合のことを考えるべきで。オリンピックを経験してA代表に入るみたいな流れもあるとは思いますが、『オリンピックなんてスキップして一気にA代表へ行くぞ』と思うくらいのほうがいいと思います。もちろん、葛藤とか、悔しさは絶対にあるでしょうけど」
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リオ五輪でメンバーに入れなかったのは、完全にクラブの事情による。ただ、その2年後も、大会前の監督交代という史上初めての出来事の影響を大きく受ける形で外れた。
「当時は『なんで、こうなるの?』とか、色々と考えたりしました。代表に縁がないんだろうなと感じたり」
26歳の転機「いや、アメリカでイイっす」
その後、1シーズンだけではあったが、ドイツの1部にいたニュルンベルクへレンタル移籍を果たし、「欧州5大リーグ」でプレーするという目標は叶えた。ただ、チームが最下位に終わり、すぐに所属元のヘントへ戻ることになってしまった。
そして、2020年の1月、アメリカへと戦いの場を移すことになった。まだ26歳のときだった。

