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「これを機に新しい資格を」“名誉十段”加藤一二三が提言したことも…棋士が明かす将棋界「段位」の重み「レジェンドには十段になってほしい」
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田丸昇Noboru Tamaru
photograph byTadashi Shirasawa
posted2026/05/21 11:02
故・加藤一二三さんに対して「名誉十段」を追贈することが発表された
さらには1969年に初タイトルの十段を獲得。ほかのタイトル戦に何回も登場して活躍した。ただ段位はずっと八段だった。それには次のような事情があった。
昔の九段昇段規定は、「名人2期・A級順位戦で抜群の成績」と定められていた。1970年の時点で名人経験者の塚田正夫、大山康晴、升田幸三の3人だけが有資格者だった。つまり、九段は名人の彼方に存在していた。会社の役職に例えると、名人が社長なら九段は会長に当たる。
こうした逆転現象に疑問を持つ棋士は多く、九段昇段問題は長年の懸案だった。
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ちなみに1970年頃に九段の囲碁棋士は約40人もいて、口の悪い将棋関係者は「石を投げれば九段に当たる」と揶揄した。ただ世間的には、将棋八段は囲碁九段の格下に見られた。
升田幸三は「元名人」と名乗ったことも
1973年9月の将棋連盟臨時総会で、九段昇段新規定が決まった。名人戦だけでなく、ほかのタイトルの獲得や挑戦、A級在位年数、棋戦優勝など、総合的な実績が加味された。そして要件を満たした中原誠名人(26)、二上達也八段(41)、丸田祐三八段(54)、加藤八段(33)の4人が九段に昇段した。
ところが臨時総会の翌日、九段新規定にかねてから反対だった升田九段が「九段の枠を広げたことに納得できない。私の九段を返上する」と連盟理事会に申し入れた。
理事会は、1952年に升田がタイトル戦の対局を拒否した「陣屋事件」を思い起こした。あの事件は社会的な問題に及んで大騒ぎになった。木村義雄十四世名人(68)らの名人経験者、連盟会長経験者などの長老が集まって協議した。席上では九段返上を受理すべきという強硬論も出たという。しかし開会まもなく、升田から「九段返上は保留してほしい」との連絡があり、とりあえず一件落着となった。
升田はその後、ほかの九段の棋士と一線を画する思いで、自ら「元名人」と名乗った。そして1988年に「実力制第四代名人」の称号を将棋連盟から受けた。
25年前に加藤一二三が提案した「十段昇段」
2001(平成13)年5月の棋士たちの会合で、A級棋士の加藤九段が意外な発言をした。その要旨は次の通り。

