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「10年後、20年後に…」木原龍一がじつは語っていた“壮大な夢”…「指導者不足」「シングルとの格差」りくりゅう以前、日本ペアが勝てなかった“2つの理由”―2026上半期読まれた記事
posted2026/05/11 06:01
年間グランドスラムを達成した2024年世界選手権での三浦璃来と木原龍一
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
AFLO
2026年の期間内(対象:2026年1月~4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。引退・りくりゅう部門の第4位は、こちら!(初公開日 2026年3月9日/肩書などはすべて当時)。
三浦璃来・木原龍一組はミラノ・コルティナ五輪のペアで金メダルを獲得、日本のペアでは初めて表彰台に上がった。
快挙を成し遂げたあと、喜びを表すとともに、記者会見などで繰り返し語ってきたことがある。認知度、競技環境などトータルでの、ペアの地位向上の願いだ。
例えば帰国後の会見の1つで、2人はこのように語っている。
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「やっぱり興味を持っていただくこと自体、ほんとうに難しかったので、私たちがその場を設けられるようになれればなと心から思っています」(三浦)
「少しでもペアに興味を持っていただけたなら、とにかく挑戦していただきたいな、と。難しく考えずに、『身長が高いから私できないや』『私ちっちゃいからできないや』じゃなくて、とにかく、もし少しでもペアに興味を持っていただけたら、近くにいる子と、手をつないで滑るだけでもペアになるので」(木原)
木原が感じてきた“シングルとの格差”
彼らの思いの一面を示すそれらの言葉からうかがえるように、シングルに比べ、長い間、ペアはさまざまな意味で厳しい状況にあった。
とりわけ三浦以上に長くペアの選手として活動してきた木原は、より肌身に感じてきた事実である。
それを象徴する場面を、何度も体験してきた。
木原は2013-2014シーズンからペアに転向し、2014年ソチ大会から4大会連続でオリンピックに出場している。ただ、ソチや平昌五輪当時、まず注目度という点で、現在と真逆であった。例えば試合後の取材の場のメディアの人数は異なっていた。つまりは少なかった。
現在との違い以上に、より顕著であったのは、シングルの選手との違いだ。日本代表が集まっての会見のような場では、如実に表れた。シングルの選手と比べれば、寄せられる関心が薄いことは、質問の数の多寡に表れる。質問されなければ、おのずと自身への関心がどれだけなのかを知ることになる。
当然、ニュースや記事という形の上でも、その差は歴然としていた。同じ代表でも扱われ方は大きく異なっていた。

