スポーツ百珍BACK NUMBER
「スパルタは全くない」小学生から女子カーリング勢は“仲間でライバル”「吉田知那美さんは、藤澤五月さんが勝つのを見て…」地元紙記者は見た
text by

茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byDenshobato
posted2026/04/08 11:02
日本選手権で3位に入った際のチーム常呂中学校。鈴木夕湖(左から2人目)、小野寺佳歩(中央)、吉田知那美(右端)がともに戦った
寒河江 藤澤さん、吉田知那美さん、吉村紗也香さんは同学年なんですけど、当時は藤澤五月さんにはなかなか敵わなかった。知那美さんはすごい勝ち気ですから、「さっちゃん(藤澤)が勝って喜ぶのを見て、面白くなさそうだった」と周りの人が言っていました。
――(笑)。幼少期から、そうした負けず嫌いな気持ちが表に出ていたんですね。
寒河江 その通りです。その負けず嫌いな人たちが今も残っているという感じです。吉村さんたちは、今もご存知のように、どちらかというとおとなしいというか、静かな方だったんです。でも、心は強くて、周りの大人たちも「彼女たちは強くなる」と言っていました。
ライバルだけど仲間、という関係性
ADVERTISEMENT
――なるほど。
寒河江 それに比べて、吉田知那美さんたちの「ロビンズ」というチーム、後の「チーム常呂中学校」ですけど、あそこはみんなキャピキャピして賑やかで。感情を声に出してしまうようなメンバーでしたから、そういった違いはありましたね。
――対照的かつ今のチームカラーに受け継がれているようで、興味深いですね。
寒河江 はい。ライバルだけど仲間、というカーリング独特の文化の中で、それぞれに関係性が育まれていったんだと思います。
――チームのメンバー構成にも違いはあったのでしょうか。
寒河江 吉村さんたちのWinsは、中学、高校、大学までずっと4人変わらずにやってきました。一方でロビンズは、入れ替わりがありましたね。例えば小野寺さんは、誘われてチームに入ったんですが、もともと陸上も強かったので、高校、大学と陸上の方に力を入れて、一度カーリングから離れるんです。でもまた誘われて戻ってくる、というような形で、そこが少し違うかなと思います。
シルバーコレクターから我慢強くなったフォルティウス
――Winsは、10代の頃「シルバーコレクター」と呼ばれていた時期があったと伺いました。
寒河江 はい。周りの大人たち、例えば長野オリンピックでスキップを務めた敦賀信人さんが臨時コーチをしたりして、「彼女たちは本当に強くなる」とは言われていたんです。でも、高校の時に代表決定戦で負けてオリンピックに行けなかったり、本当に準優勝とか2位とかが多いメンバーで。
――才能はあるけれど、あと一歩届かない、というイメージだったのでしょうか。

