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「でも、それでいいんだ」“じつは苦節22年”加藤一二三が宝物にした升田幸三の助言「ヒャー! と奇声を…言葉の裏には」42歳で名人獲得ウラ話 

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田丸昇

田丸昇Noboru Tamaru

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posted2026/01/29 06:04

「でも、それでいいんだ」“じつは苦節22年”加藤一二三が宝物にした升田幸三の助言「ヒャー! と奇声を…言葉の裏には」42歳で名人獲得ウラ話<Number Web> photograph by aaa

1969年の加藤一二三九段(当時29歳)。当時では珍しいカラー写真にて

 加藤は54分、140分、65分と長考を重ね、中盤で残り時間は1時間を切った。中盤では中原が有利だったが、疑問手が続出して終盤で形勢が逆転した。

 長考派の加藤は持ち時間を使い切って秒読みに追われるのが常だったが、本局では少し残すことを意識した。終盤の土壇場の局面で8分の残り時間があり、相手玉の詰み筋を懸命に読んでいた。控室の研究では詰み筋が確認されたが、加藤はある変化手順の詰みが分からず、なかなか指さなかった。

 加藤は詰み手順を残り1分の状況で発見した。そして立ち上がって「ヒャー」と奇声を発し、「あっ、そうか。なるほど、なるほど」とつぶやいたという。

奇声を発したと…その言葉の裏には

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 名人戦最終局で中原に勝った加藤は、3回目の名人戦挑戦で、悲願の名人位を42歳で獲得した。

 加藤は当時の心境を、後年に次のように語った。

「対局中は、数日前に読んだ旧約聖書の一節の《あわてないで落ち着いてことを進めろ》を、何回も心の中で唱えました。終盤で詰みを見つけると、《あっ、そうか》と叫びました。世間では、私が喜びのあまり、興奮して奇声を発したといわれています。しかし、その言葉の裏には、いつの日か必ず名人になれると信じて精進してきたことが叶うんだ、という万感の思いが込められていたのです」

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#3に続く
「“喧嘩を売る気ですか”と中原誠が」「師匠を破門に」ひふみん加藤一二三の珍妙エピソード…対局経験棋士の記憶「病床でも藤井聡太の棋譜を」
この連載の一覧を見る(#1〜3)

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