NumberWeb TopicsBACK NUMBER

《全国高校駅伝で2連覇達成》“普通の公立校”だった長野東がナゼ駅伝女王に?「部員は3人」「スポ薦ナシ」「メニューはジョグだけ」から超強豪になれた秘話

posted2025/12/22 06:05

 
《全国高校駅伝で2連覇達成》“普通の公立校”だった長野東がナゼ駅伝女王に?「部員は3人」「スポ薦ナシ」「メニューはジョグだけ」から超強豪になれた秘話<Number Web> photograph by JIJI PRESS

12月21日の全国高校駅伝で1区から一度も先頭を譲らず2連覇を達成した長野東高校。名実ともに駅伝女王となった同校だが、その黎明期を振り返る

text by

NumberWeb編集部

NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web

PROFILE

photograph by

JIJI PRESS

 12月21日に行われた全国高校駅伝で、見事2連覇を達成した長野東高校。名実ともに駅伝女王となった同校だが、その黎明期はまさかの「部員3人」からのスタートだった。まるで漫画みたいな、本当にあったチームの軌跡を短縮版でお届けします。

「普通の公立校」で始まった“駅伝女王”への歩み

 今から20年前の2005年。中学3年生だった小田切亜希は、同じく陸上に打ち込んでいた姉から「長野東高校に玉城先生っていう名指導者が来たみたいだよ」という話を耳にした。

「玉城先生」とは現在、日体大の駅伝監督を務める玉城良二のことだ。

 当時、県下トップクラスの実力を持っていた小田切は、悩んだ。なぜなら長野東は「普通の公立校」で、決して陸上の強豪校ではない。名伯楽が来たからと言って、果たして本当に強くなるのだろうか。

ADVERTISEMENT

 一方で、同様に県内の有力ランナーだった西澤千春・美春の双子姉妹も、「玉城先生赴任」の報を受け、長野東への進学を視野に入れていた。

 2人も決断を迷っていたものの、最後は小田切との電話での「2人が来てくれるなら自分も嬉しいし、一緒に頑張ろうよ」という言葉に背中を押され、3人で「無名の県立校」だった長野東への進学を決めることになったのだ。

 もちろん、当時は普通の県立校だ。近くに陸上競技場があるわけでもなく、最新設備があるわけでもない。玉城が苦肉の策で選んだ、学校から10kmほど離れた犀川河川敷の一部を利用したランニングコースが練習場所だった。

 玉城は当時を「単純に時間がなかったんです。全国で戦うことを目標にするなら、まずはある程度距離を走らないと話にならない」と振り返る。選手が下宿する玉城の自宅近くの河川敷をコースに選んだのは、移動時間の短縮のためだった。

 メニューはほとんどが、シンプルな「ジョグ」。加えて当時は、練習強度も各自に任されていたという。西澤美春は「細かくペースの指示があるわけじゃなくて。確か入学してすぐに『1km4分半くらいのペースでジョグができるように』というのだけは言われた記憶があります」と話す。

 それでも、練習量は多かった。連日5時半からの朝練と、授業後の本練習。そんななかで3人は少しずつ力をつけていった。その一方で、夏を終えた9月頃、小田切はふと根本的な疑問に気づく。

「アレ、私たち……駅伝、出られるの?」

 女子の高校駅伝は5人が1チームで走る。だが、部には3人しかランナーがいない。

 果たして彼女たちはどうやって駅伝に出場したのか。また、3人からスタートした「普通の公立校」の駅伝チームは、いかにして全国制覇へと歩みを進めていったのか――その後の軌跡は本編で詳しく描かれている。

<つづく>

 ◆

 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

関連記事

#長野東高校
#玉城良二
#日本体育大学
#小田切亜希
#西澤千春
#西澤美春
#名城大学
#天満屋

陸上の前後の記事

ページトップ