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メジャーリーグPRESSBACK NUMBER
大谷翔平の結婚“じつは異例だった”囲み取材の決断…日本人選手のメディア対応、どう変化? 過去に米国で騒動「まとわりつくハエのよう」
text by
水次祥子Shoko Mizutsugi
photograph byJoe Camporeale-USA TODAY Sports/JIJI PRESS
posted2024/03/02 11:01
結婚を公表したドジャース・大谷翔平
松井秀喜の時代「なぜ騒動ならず?」
その後も大物の日本人選手がメジャーに移籍するたびにメディアサーカスは起こったが、受け入れる米国側も取材に行く日本側も経験を重ね、戸惑うことは少なくなっていった。2003年に巨人からヤンキースに移籍した松井秀喜は、日本からともに海を渡った広岡勲氏というに専属広報がいたこともあり、メディアの数は多かれど統制が取れていた。他の選手に迷惑がかからないよう配慮し、日本メディアがクラブハウスで松井を囲むこともほとんどなかった。試合後の囲み取材は連日行われたが、松井が入団した当時の本拠地である旧ヤンキースタジアムは会見場がホームのクラブハウスからかなり離れた場所にあり、他の選手はおそらく誰も、日本人メディアの取材がその場所で日々行われていたことに気づいていなかっただろう。
その年、ヤンキースのメディア対応に舌を巻いたことがある。松井とメジャー3年目のマリナーズのイチローが顔を合わせた2003年8月8日のヤンキースタジアムでの試合だった。当時、この日本の2大スターがメジャーの同じ舞台に立つというインパクトは相当なもので、日本のメディアの数も倍に膨れ上がった。試合前の練習中のグラウンドはおびただしい数の報道陣で埋め尽くされ、ワールドシリーズかスーパーボウルのような賑わいになった。
松井とイチローの対戦「臨時スタッフが出現」
実は2人が対戦したのはこれが初めてではなく4月29日から3日間、マリナーズがヤンキースタジアムに遠征しており、その時点ですでに2人とも試合に出場していた。ヤンキースはその経験を踏まえ、8月の対マリナーズ3連戦に備えていた。このシリーズのためだけに臨時の日本人スタッフを配備し、300人を超えるメディアの対応と日本人観戦客のサポートに当てたのだ。