スポーツ名言セレクションBACK NUMBER

川島永嗣39歳が「一区切り」、長谷部誠「一番やりたいことはサッカー」、“再評価”された酒井高徳…日本代表を退いても“全盛期”は続く

posted2022/12/15 17:00

 
川島永嗣39歳が「一区切り」、長谷部誠「一番やりたいことはサッカー」、“再評価”された酒井高徳…日本代表を退いても“全盛期”は続く<Number Web> photograph by Kaoru Watanabe,Kiichi Matsumoto,Takuya Sugiyama/JMPA

長谷部誠、川島永嗣、酒井高徳……代表活動について、W杯を期に区切りをつける選手たちはいる

text by

NumberWeb編集部

NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web

PROFILE

photograph by

Kaoru Watanabe,Kiichi Matsumoto,Takuya Sugiyama/JMPA

 雑誌「Sports Graphic Number」と「NumberWeb」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」や写真を紹介します。今回は“日本代表を退く決断”にまつわる3つの言葉です。

 <名言1>
 自分が信じてきた道を突き進んでいけば形になる。人生、面白いですね。
(川島永嗣/Number928号 2017年6月1日発売)

 ◇解説◇
 12月15日、カタールW杯の日本代表GK川島永嗣(39)が自身のインスタグラムを更新。長文メッセージの中で「日本代表はいつまでも憧れ、そして夢の場所。でもここが一区切り。ここからはまた自分の挑戦に集中していきたいと思います」とつづった。

 浦和東高校から大宮アルディージャに進んだ川島は、2003年ワールドユースでのビッグセーブ連発によって将来を有望視されると、名古屋グランパスへと移籍。そこではその後代表でもともに戦う楢崎正剛とのポジション争いを経て川崎フロンターレに移籍すると、正守護神に定着。イビチャ・オシム体制の2007年に代表初招集された。

 そこから数年は楢崎、川口能活という偉大な2人の前に“控えGK”という序列が続いたものの、岡田武史監督体制の2010年南アフリカW杯の大会直前にレギュラーに抜擢され、ベスト16進出メンバーの一員となった。

 そこからアルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァイッド・ハリルホジッチ、西野朗、森保一と監督が変遷していっても招集され続け、W杯出場試合数は日本人として、長友佑都に次ぐ11試合を数えた。

 日本代表史に名を残したGKであるとともに、2010-11シーズンのリールセ(ベルギー)から始まったヨーロッパでの挑戦は13シーズン目を迎えているのも、価値あることだ。

シュミットも「川島さんはマジで凄い」と

 そんな川島はブラジルW杯後のシーズン途中で、所属していたS・リエージュの先発を外されると、そのまま契約が切れた。移籍先が見つからないまま、無所属の半年間を過ごすという不安な時期を過ごしたが、「日本に帰れば(欧州には)もう戻ってはこられない」と欧州に踏みとどまった。その後、スコットランドのダンディー・ユナイテッドでプレーする機会を得て、そこからメスに所属した。「いろんなものを失ったからこそ、学ぶものも多かった」と、不遇の時期を振り返っていたことがある。

 カタールW杯でGKチームの一員として川島と共闘したシュミット・ダニエルは開幕前のインタビューで「川島さんはマジで凄い」と語っていた。チームに及ぼす影響度が大きかったのを感じさせると同時に、2023年3月に40歳となる川島がどんなサッカー人生を歩むのかにも注目したい。

【次ページ】 酒井高徳が「引退ではない」と言った理由

1 2 3 NEXT
#川島永嗣
#酒井高徳
#長谷部誠
#シュツットガルト
#フランクフルト
#カタールW杯
#ロシアW杯
#ワールドカップ

サッカー日本代表の前後の記事

ページトップ