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《F1》フェラーリ12年ぶり開幕戦1-2フィニッシュ! 跳ね馬を復活に導いた、新規則の空力開発と“信じる力”とは
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images
posted2022/03/25 06:01
ルクレールは安定したレース運びで完勝。フェルスタッペン(後方)は熾烈なトップ争いを繰り広げたが、レース終盤にマシンの不調でリタイヤ
しかし、ハミルトンがメルセデスへの移籍を決めたのは、14年以降のプロジェクトについて熱弁した元王者のニキ・ラウダを信じたからだった。
そのメルセデスを倒して21年にドライバーズチャンピオンを獲得したレッドブル・ホンダの勝因もまた、強固なる信頼関係に因るところが大きかった。
レッドブル・ホンダが誕生したのは19年だが、彼らはその2年前の17年から密かにミーティングを開始して親交を深めていた。17年の日本GP前にはまだ契約を交わしていないにもかかわらず、ホンダはレッドブルをHRD Sakuraに招待し、関係者以外立ち入ることができない内部を案内していた。
そのホンダをレッドブルも信頼した。17年のホンダは性能面だけでなく信頼性においてもトップのメルセデスから大きく引き離され、唯一供給していたマクラーレンとの関係は悪化し、F1活動存続の危機にあった。しかし、レッドブルは17年にHRD Sakuraの施設に立ち入った際、スタッフたちと話をして未来への可能性を感じ、交渉を継続していくことを決めた。その後、ホンダが性能を大きく向上させたことも素晴らしいが、15年の復帰以降、一度も表彰台に上がっていなかったホンダを信じたレッドブルの千里眼も見事というしかない。
私はマラネロを信頼してきた
開幕戦で1-2フィニッシュを飾ったフェラーリもまた、チームを信じる力が復活の原動力となった。チーム代表を務めるマッティア・ビノットは言う。
「2年前、われわれは非常に厳しいシーズンを過ごした。それでも、私はマラネロ(※フェラーリの本拠地)を信頼してきたし、マラネロのスタッフたちも私についてきて、直面していた困難に対応してくれた。だから、私はレース後にコンストラクターズ優勝のトロフィーを受け取るために表彰台に上がった。素晴らしいスタッフたちに感謝したかったからだ」
優勝したルクレールもこう続ける。
「僕たちが過去2年間よりも良いポジションにいることはわかっていたけど、正確にどの位置にいるかは確信はなかった。だから、いまこうしてトップに戻ることができて信じられないような気分だ。チーム全員に心から感謝したい。素晴らしい仕事をしてくれた。この勝利はみんなのものだ」
自分たちを信じ続けたフェラーリに乾杯したい。