田中は首相就任後、中国を訪れて日中国交正常化を果たした。その象徴として2頭のパンダが中国から上野動物園に来ると、日本中の人気者となった。学歴が高等小学校という庶民的な出自もあり、「今太閤」と称賛された。

　田中は持ち前の実行力を発揮した政治を行い、支持率が70％と高まった時期もあった。しかし、1974年に自身の金脈問題が発覚して首相退陣に追い込まれ、1976年にはロッキード事件で受託収賄罪などの容疑で逮捕される事態となった。

　その後、田中は自民党を離党し、政界の表舞台から退いた。しかし、多数の田中派議員を擁して永田町に隠然たる影響力を及ぼし、「闇将軍」の異名があった。

高柳一門のなかでも芹沢八段が気に入られた

　そんな頃、東京・目白の田中邸に、中原名人、芹沢博文八段、田中寅彦四段らの高柳一門の棋士たちがよく訪れ、無聊気味の田中に将棋を指してあげた。中でも才気煥発な芹沢（写真）は、田中に大いに気に入られた。

角栄に可愛がられた芹沢博文九段 1974年©Noboru Tamaru

　芹沢は1970年代から80年代にかけて、テレビのバラエティ番組に出演するなど、タレントとして人気を博した。

　目白御殿と呼ばれた田中邸の広い池には、一尾で何百万円もの錦鯉がいることで有名だった。

　ある日、芹沢が池をのぞいてみると、一尾も泳いでいない。田中が「鯉は土地が変わると、色が褪めてくるので新潟に帰した」とつぶやくと、すかさず芹沢が「恋（鯉）も、いつか冷める」と当意即妙の駄じゃれで応じたので、田中に「先生、それはいい」と誉められたという。

闇将軍から「先生」と呼ばれた芹沢

　芹沢は、あの闇将軍から「先生」と呼ばれた数少ない人間だった。

　田中の棋力はアマ3級ぐらいだという。ただ向上心は強かった。芹沢は「実力初段に強くしてくれたら、たいていのことは聞いてあげる」と、田中に真顔で言われたという。

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