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「人違い退場」事件後に気付いた「やめること」の大切さ “日本一嫌われた”家本政明が綴る審判人生 
 

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家本政明

家本政明Masaaki Iemoto

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photograph byJ.LEAGUE

posted2021/02/03 06:01

「人違い退場」事件後に気付いた「やめること」の大切さ “日本一嫌われた”家本政明が綴る審判人生 <Number Web> photograph by J.LEAGUE

2018年、町田MF平戸太貴へ退場を命じる家本氏

【最終章 フットボールの本質と向き合う/2019~21年】

 そういう意識とチャレンジのおかげなのか、18年のパフォーマンスが認められ、19年シーズン前に審判上層部の方から「ゼロックス杯を頼む」と言われました。

 この話を聞いたとき、「どうしよう」という不安よりも「よし、やるぞ!」という意欲の方が大きかったことを今でも覚えています。

「自分はあれから2度も大改革して大きく変わった。今は選手と見る人、そしてフットボールとしっかり向き合えている。今度こそ誰もが楽しめる試合ができるはずだ。そのためには、今シーズンの判定基準を示すことなんて後回しだ。選手が倒れても簡単に笛を吹かない。できるだけ試合を止めない。やたらめったにカードを出さない。選手とお客さんと試合の邪魔をしない。そしてみんなでこの試合を楽しむ。これだけは守ろう」

 そう胸に誓いながら、埼玉スタジアムの審判控室を出ていきました。

 僕にとって、2度目のゼロックス杯の舞台は、選手の協力もあって、とても面白い試合になりました。かつてのように審判が目立つこともありませんでした。

 試合後、村井満チェアマンと原博実さんが「すごく面白くていい試合だったよ。簡単に笛を吹かずに選手を戦わせてくれた基準もとてもよかった。本当にありがとう」と声をかけてくださいました。

 審判控室では、審判委員長が待っていてくださって「お疲れ様。本当にいい試合だったし、とてもいいパフォーマンスだったよ」といって、僕を強く抱きしめてくださいました。

「ああ、これでやっとゼロックス杯の呪縛から解き放たれたんだな……」と思った瞬間、胸がぐっと熱くなったのを覚えています。

サッカーをもっと面白く、サッカーでもっと豊かに

「ゼロックス杯の呪縛」から解放された僕は、「皆がフットボールを楽しめるレフェリング」「フットボールの競技力が向上するレフェリング」「顧客の創造ができるレフェリング」を追求すべく、試行錯誤しながら毎試合に臨んでいました。

 問い続け、考え続け、仮説を立て続け、実際に試合でいろいろと挑戦し続けていく中で、見えてきたことがあります。それは何かを「始める」「やる」前に「やめる」「捨てる」ことが大事だということです。

 例えば、些細なことに過剰に反応するのをやめる、簡単に笛を吹くのをやめる、独りよがりの正しさや正確性の追求をやめる、といったことです。

 やめた引き換えに、アドバンテージを積極的に採用する、選手の気持ちを考える、丁寧なコミュニケーションで選手と向き合う、見ている方が、今なにが起きているのか解るような行動を取る、といったことを心がけていきました。

 この意識と行動によって、ファウル数は極端に減りましたし、ノーカードの試合も増えました。そのことで、プレーが止まらない時間がかなり増えて、多くの方がサッカーを楽しみ、サッカーに集中できる環境を創りだせるようになりました。その結果、観戦の満足度も劇的に高まっていきました。

 さらに僕にとって追い風になったのが、2020年にJリーグが掲げた『ビジョン2030』の「激しくて、フェアで、エキサイティングな試合」でした。この明確なビジョンのおかげで、審判としての “やること・やらないこと” がより明確になりましたし、選手も、見る方も、伝える方もそれを基準に、試合や審判を評価できるようになりました。

 このビジョンのおかげで “僕自身のビジョン” も明確になりました。それが「サッカーをもっと面白く、サッカーでもっと豊かに」というものです。

 これは何も審判のパフォーマンスに限ったことではなくて、審判とかサッカーという枠を超えて、世の中の人と社会に貢献したい、自分の活動によって人々が、社会が明るく元気に豊かになっていってほしい、という僕の想いを言葉にしたものです。

 プロ審判になってから、今年で16年目のシーズンを迎えます。そしてこの章と同じように、僕自身の審判人生もそろそろ終りが近づいてきています。

 その時が来るまで、「フットボールのフィロソフィ」としっかり向き合いながら、選手の安心と喜びのために、見る方の興奮と感動のために、そして日本サッカーの発展と成熟のために、失敗を恐れず、批判を恐れず、変わることを恐れず、日々いい準備をして全身全霊をかけて任務を全うしていきます。

 2021シーズンもコロナとの共存になります。フットボールができる喜びを噛み締めながら、自分が関わる試合全てが最高の試合になるよう、全力を尽くしていきます。受け入れられないミスもあるかもしれませんが、そのときはどうぞ思いっきりブーイングをして、僕に活を入れてください。

 みんなで力を合わせて、この危機的状況を乗り越えていきましょう。

【前編から読む】 “日本一嫌われた”家本政明が綴る審判人生 ゼロックス杯の悲劇「僕は評価と規則の奴隷」だった

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