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<甲子園の監督力に学べ!>育てるチカラ。~教え子・石井毅が語る尾藤公(箕島)~
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byTamon Matsuzono
posted2011/07/15 06:00
いしいたけし/1961年生まれ。住友金属から西武入団。現在、関西独立リーグ・紀州レンジャーズ監督
<箕島:尾藤公×石井毅('79年春夏連覇 投手)>
ミシンで背番号を縫いつける。それがせめてもの「復讐」だった。
'79年に箕島が春夏連覇したときのエース石井毅(元西武)が、監督の尾藤公との思い出を語る。石井は現在、関西独立リーグの紀州レンジャーズを指揮している。
「試合中に突然、背番号1をはぎ取られたことがあったんです。それで、その日は背番号のないままマウンドに上がった。あんなん、今考えたらええんかなって思いますけどね。だから、家に帰って母親に、今度は取ろう思うても取れんようミシンで縫ってくれって頼みましたよ。ふふふふふ」
尾藤と言えば「尾藤スマイル」が有名だ。試合中の尾藤は、笑顔を絶やさない。そうして選手の心を解きほぐし、上手に乗せていくわけだ。
だが、そのスマイルを戦術として利用するということは、平時、とてつもなく厳しいということでもある。石井が話す。
「いつも笑っているようでは勝てないんじゃないですか。練習中は腕を組んで、基本的には怖い顔をしていましたよ。尾藤さんは、そもそも2つの顔を持っているんですよ。鬼の尾藤と、スマイルの尾藤。その2つがあるから、あれだけの存在感があったんだと思います。箕島のユニフォームを着た尾藤さんがいるというだけで、試合前から気分的に半分ぐらい勝っていた気がします。それで、普段から人によって2つの顔を使い分けていましたね。怒って力を出す選手には怒って、そうでない選手には優しさを見せることもけっこうあったみたいです」
だからだろう。尾藤のことを、ある教え子はこんなに優しい人はいないと目を輝かせ、ある教え子はこんなにおっかない人はいないと畏怖する。石井は後者だった。
「1年秋にアンダースローに変えて、最初は良かったんですけど、球が走らなくなった時期があった。それで尾藤さんに相談に行ったら『自分で考えろ』と突き放された。以来、二度と聞きにいくかって思いましたね。それからも何度か尾藤さんとケンカをして、そのたびに野球部を辞めてるんですよ。僕は尾藤さんに対してはすごく反発した選手のうちのひとりだと思いますよ」
それでも、そうして仲違いをすると、決まって間を取り持つ人間が現れた。そうして石井も何気なくグラウンドに再び出るようになるのだ。ただ、その際も言葉のやりとりは一切なかった。
「試合なんかの日に戻ったりするじゃないですか。そうすると、僕は出してもらえない。でも後半になって『代打、石井!』とかね。そんな感じでしたね」
だが、尾藤はおそらくそんな石井のことをどこかで頼もしく感じていたに違いない。
ずいぶん前のことだが、ある雑誌のインタビューで尾藤はこう語っている。
「監督の言うことを素直に聞くような子は、監督を超えるような存在にならん。そういう子ばかりだと、チームは強うならんしな」
石井も、今になってようやく尾藤の操縦術の巧みさが理解できるようになった。
「僕らの頃は気の強いやつらが多かった。その良さを殺さないよう、うまくコントロールしていたんでしょうね。というのも指導者になってよくわかるんですけど、ケンカのできないやつにケンカしてこいって言ってもまずできないんですよ。だから、もちろん、締めるとこは締めなきゃいけませんけど、そういう向かっていく気質は大事にしてやらないとダメなんですよね」
また、当時は時代が時代だっただけに、尾藤もまだこんなセリフも平気で言えたようだ。雑誌からの引用を続ける。
「鉄拳制裁もバンバン。とにかく強くなりたい一心でね。教育的配慮云々なんて考えませんでしたわ」
もちろん石井も尾藤に殴られたり、蹴られたりしたことは一度や二度ではない。だが、そのことに対し、石井は恨んだことは一度もないと話す。
「今の時代にも鉄拳制裁は必要やと思いますよ。結局は、それができるということは信頼関係ができているということでもあるわけですからね。ただ、尾藤さんも、高野連の役員をやるようになってからは『鉄拳制裁はダメや』って言うようになった。そうじゃなく、俺たちはこうやって選手を育ててきたんやってところをもっと出してほしかった。尾藤さんぐらい実績のある方が言えば、それも正論になるわけやないですか。そのあたりはちょっとさみしかったですね……」
石井の話しぶりから、当時、石井が尾藤に食ってかかる姿がなんとなく想像できた。
'70年代に黄金時代を築いた箕島。その裏には、それこそ毎日のように、火の出るような監督と選手のぶつかり合いがあったのだ。
【尾藤の真髄。】
2つの顔を持っているんですよ。鬼の尾藤と、スマイルの尾藤。人によってそれを使い分けていました。