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あの日、タイソンはなぜ負けたのか。
1990年2月11日、東京ドームの衝撃。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byAFLO
posted2017/01/26 13:00
マイク・タイソンはキャリア初の黒星を東京で喫したが、誰もが立ち上がれないと思ったダウンから自力で立ち上がる姿は、見る者を戦慄させた。
ダマトが死に「俺は何のために戦っているんだ」。
「お前は偉大なボクサーになるために生まれてきたんだ」
タイソンは生まれて初めて自分が必要とされていると感じた。それが嬉しくて、その愛に応えるためにひたすらボクシングに向き合った。だが、自らがチャンピオンになる1年前にダマトはこの世を去った。
後に自伝『真相』の中でこう記している。
「カスが死んだ時、ただ、ただ、恐ろしかった。それからはカスが言っていたことが正しいと証明するために戦っていた」
その後、ヘビー級世界王者になって防衛を重ねている頃のことは、こう表現している。
「俺は何のために戦っているんだ? 1つだけ言えることは金のために戦うやつは偉大にはなれないということだ」
きっと、タイソンにはいなかったのだろう。「怖がることはない。今までと同じことをやればいいんだよ」と言ってくれる人間が。
「タイソン=最強」は確かな真実だった。
1990年2月11日、あの日の衝撃は今でも覚えている。私は小学6年生で、父親と一緒にテレビで見ていた。タイソンが負けるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
当時「マイク タイソン・パンチアウト!!」というゲームソフトがあって夢中になった。小さな主人公が敵のパンチを避けて、避けて、軽いパンチを積み重ねて勝っていく。努力すれば勝てるんだ――。そんな小学生の確信を一瞬で破壊する。それが最後の敵として登場する「タイソン」だった。何しろ目にも止まらないパンチが1発当たっただけでヒョロヒョロの主人公はダウンしてしまう。何度やっても勝てなかった。
「無理だ!」
クリアせずに投げ出した数少ないゲームの1つだった。「タイソン=最強」の方程式は学校の教科書より、よっぽど確かな真実だった。