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田中隼磨が抗った壮絶な引退危機。
松本山雅ファンの声援が“熱”の源。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byJ.LEAGUE PHOTOS
posted2016/12/14 11:30
田中隼磨が体現する松本山雅の魂は、J2でも健在だった。昇格は逃したが、彼らに限って熱量が落ちることはないだろう。
監督に託された「チームを変えてくれ」。
入院は約1カ月に及んだ。体の姿勢もうつ伏せから横向き、仰向きにと規制が緩和され、左目で見ていい時間を徐々に伸ばしていった。
医師の言いつけを完璧に守ったことが、引退の可能性を蹴散らした。8月の再検査で早期復帰にGOサインが出る。以降は「チームのトレーナーと話し合って急ピッチで進めた」と一日も早く復帰できるように準備した。
ファン、サポーターからはクラブを通じてたくさんの応援メッセージを受け取ったという。
「本当にうれしかった。ファン、サポーターの力ってすごいんだなって、あらためて実感することができました」
ファン、サポーターに一日も早く元気な姿を見てもらいたい。それが大きなモチベーションとなったことは言うまでもない。
9月3日、チームは天皇杯2回戦でJFLのHonda FCに1-2で敗れた。スタンドで観戦した田中は勝負どころでのプレーに甘さが出ていると感じた。翌日、反町康治監督に呼ばれ、「いろんな意味でチームを変えてくれ」と伝えられた。
胸がカッと熱くなる思いがした。
翌週の京都戦に向け、対人練習も解禁になった。紅白戦に10分ほど出ることができ、スタンバイは完了した。
「再発の恐れにビビるんなら、復帰しても意味がない」
山雅は戦力に恵まれているわけではない。
うまくやれなくても、100%やり切るのが山雅。120%食らいつくのが山雅。
ピッチにはギラギラする背番号3が、アルウィンの右サイドに立っていた。田中がファウルを受けて得たFKからチームは先制点を奪い、持ち前の運動量も、激しく体をぶつけるプレーも復帰前とまったく変わらなかった。2-0で勝利し、何かを変えられるきっかけを得た感触をつかんだ。チームは“隼磨効果”で再び上昇気流に乗っていく。
「別に俺が戻ってきたから、チームが良くなったんじゃない。調子のよかった時期もこんな感じだったなってチームが山雅らしい戦い方で勝てるようになったのが大きかったと思う。もちろん誰かのプレーが甘く見えたら、言うようにはしましたよ。それは俺の役目だと思うから」
目に対する恐怖感はない?
一度だけそう尋ねたことがあった。彼は大きく首を振った。
「ないですね。リスクを気にしたり、再発の恐れにビビるんなら、復帰しても意味がない」
復帰した京都戦を皮切りにリーグ戦の残り12試合すべてにフル出場した。どの試合も走り切り、戦い切った。それこそが彼の答えであった。