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3年連続Bクラスの西武に微かな光。
中継ぎ陣の奮投と、森の捕手起用。
posted2016/10/06 07:00
text by
市川忍Shinobu Ichikawa
photograph by
NIKKAN SPORTS
かつて、この季節、この場所の主役はいつもライオンズだった。
9月27日、28日の2連戦。西武プリンスドームに乗り込んできた北海道日本ハムは、リーグ優勝までのマジックを1としていた。球場には胴上げの瞬間を一目見ようとファイターズファンが押し寄せ、観客席は一杯。内外野の立ち見エリアには二重三重に人垣ができた。初秋を迎え、すっかり涼しくなった気温とは対照的に、熱気いっぱいにファイターズの応援歌を歌う。声援がドームの屋根に反響し、それはより一層大きく聞こえるように感じた。
対する西武は9月21日にクライマックスシリーズ出場の可能性が完全に消滅。2014年から3シーズン連続でAクラス入りを逃すことが決まっていた。27日の試合後には田邊徳雄監督が退任を発表。ライオンズナインは翌28日、ファイターズの大谷翔平に完封で敗れ、日本ハムの胴上げを目の前で見ることとなった。
西武の全日程は64勝76敗3引き分けの4位という成績で幕を閉じた。
退任の記者会見で田邊監督はこう語った。
「伝統と歴史のあるチーム。ここ3年、Bクラスという成績は、この球団にはあってはならないこと。そう考えて(退任を)決断しました」
19歳の高橋光成に頼らざるを得ない苦しい台所事情。
今シーズン、いちばんの誤算は先発投手陣の不振だった。
規定投球回数を上回ったのは菊池雄星ただ一人。ライオンズは球団創設の1950年から毎年、「規定投球回に到達する投手のいない年ゼロ」という記録を更新していたが、それを断ち切ることのないよう、菊池は中4日で最終戦に登板。6イニングスを投げて、なんとか規定投球回数をクリアし、不名誉な記録を回避した。
開幕当初、先発ローテーションの構想に入っていた投手の中で二桁勝利を挙げたのが、この菊池ただ一人だった。岸孝之は故障離脱もあり9勝7敗、野上亮磨は3勝、十亀剣と高橋光成は4勝。外国人投手に至っては終盤、チームに合流したウルフの挙げた4勝のみ。特に高橋光の11敗という数字は、彼への期待が大きいゆえの起用が多かったこともあるが、それ以上に入団2年目、19歳の投手に頼らざるを得ない苦しい台所事情を表していた。