野球クロスロードBACK NUMBER
山田哲人、成功率88.2%で30盗塁。
唯一目標に掲げた盗塁の“緻密さ”。
posted2015/09/08 11:30
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph by
Kyodo News
走れ!
雨音が耳を掠めるなか、一塁ベースからリードを取るヤクルトの山田哲人は、観客席からの「走れコール」を冷静に受け止めていた。
「しっかり聞こえていましたね。いつもスタンドの声を聞きながらプレーしているんで」
30盗塁まで「マジック1」として迎えた9月6日の広島戦。第2打席、第3打席に安打で出塁するも盗塁せず、6回の第4打席で猛打賞を記録し、3度目のチャンスが巡ってきた。
雨によってぬかるんでいる粘土質のアンツーカー。人工芝も滑りやすくなっている。ユニフォームは雨水を含んで重くなり、不快指数だって低くはなかっただろう。
それでも山田は、「雨の影響は全然なかった」とこともなげに言ってのける。どおりで客席からの声援が耳に入るほど落ち着いていたわけだ。
続く4番・畠山和洋への1球目を投げる前に、広島・ヒースからの牽制を受ける。警戒心の強さは明らかだったが、山田は難なく帰塁する。相手が初球を投じた際にも、盗塁するぞ、と欺く偽盗を欠かさない。
その瞬間は、2球目に訪れた。ストレートが高めに浮いたと見るや、山田は躊躇せずスタートを切る。
「おお! 走った!!」
スタンドからの声を背に受けセカンドベースに滑り込む。相手二遊間の連携ミスによって塁上には誰もカバーに入っていない。
記録は、あっさり達成された。
「嬉しいけど、僕は油断しないっす」
この時点で山田の成績は、打率3割3分3厘、33本塁打、30盗塁(成績等は全て9月7日現在)。チームの残り19試合にフル出場したとしても、3割を切ることはまず考えにくい。つまり、山田は史上9人目となる「トリプルスリー」をほぼ手中に収めることになった。
歓喜に沸くスタンド。ニュース速報もほどなくしてインターネット上に届いた。しかし、周囲の興奮をよそに、山田は「まだわかんないですよ」とそっけない。ただ、柔和な表情を浮かべながら、こう言葉を結ぶ。
「嬉しいですけど、僕は油断しないっす。バッティングも相手がいるわけですし、勝負の世界なんで、どうなるかわからないから」