山崎「拓郎がプロに指名されるのは当然です」

　山崎が「1」を背負った高校3年生の夏。5回戦の国士舘戦に先発した山崎が打ち込まれ、ピンチを迎えたところで背番号「10」の伊藤にスイッチ。しかし、この頃から調子を崩し陰りが見えていた伊藤は、国士舘打線に4連打を浴びて降板。結果帝京はまさかのコールド負けで敗退し、山崎の夏が終わった。

「夏の大会が終わって、プロへの志望届けを出しました。僕はずっとプロに入ることを目標にやってきましたし、うちは母子家庭ですから、それ以外で野球を続けることは家計的に苦しい。だから、どうしてもプロに行きたかったけど指名がなかった。悔しい……というか哀しかったですね。野球を辞めることも深刻に考えました。でも、やっぱり諦めきれなかった。母に『4年後にプロになる。もう1回、野球を学ばせてくれ』と、頼んで大学へ行かせてもらいました」

　亜細亜大学に進学した山崎は、1年生から公式戦に登板。初登板で自己最速の149キロを出すなど、順調に試合で結果を残していた。そして2年生の秋。ドラフト会議の最後の最後に伊藤拓郎がベイスターズに指名されたことを聞いた。

「拓郎がプロに指名されるのは当然です。正直、順位はもっといいだろうと思っていましたけどね。高校の最後に調子を落として評価が低くなってしまったんでしょうけど、でも……そんなもんじゃないですよ。

　うーん、なんていうんだろう。ずっとライバルとしてやってきた僕の中にある思いも含めて、拓郎にはプロの世界で絶対にやってほしい……。そしていつか一緒のグラウンドでって思っていましたから。だから昨年の秋に3年で戦力外になったことは、哀しかったし、本当にシビアな世界だなと痛感しました」

2014年末、母校のグラウンドで2人は偶然一緒になった。

　2014年の年末。母校のグラウンドで、秋のドラフトでベイスターズに指名を受けた山崎康晃と、ベイスターズを戦力外になり群馬行きを決めたばかりの伊藤拓郎が偶然一緒になった。

「高校時代の山崎さんは本当に優しい先輩でした。いや先輩なんですけど、先輩後輩の垣根がないぐらい仲がいいって言い方したら失礼かもしれませんが、大事な試合で僕が先発に選ばれたとしても『頑張ってこい』って励ましてくれるような先輩。結果的にベイスターズで入れ替わる形になってしまいましたが、複雑な思いなんてないですよ。でも、僕がこういう立場でしたから気を遣わせてしまったかもしれません……」

　NPBを去るものと、挑むもの。そんな微妙な立場故か、久しぶりの再会にも2人の間で交わされた言葉は多くはなかった。

「山崎さん、プロ野球は大変な世界ですけど頑張ってください。応援していますから」

「ありがとう。もちろん頑張るよ……だけど拓郎、いつか一緒に野球をやろうね」

　2人が言葉を交わすのは山崎が高校を卒業して以来だった。

【次ページ】　山崎が伊藤に贈ったグラブには“YASU”の刺繍が。