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追い風でも、9.87秒は史上40人だけ。
トップ選手が語る桐生祥秀の「真価」。
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byAFLO
posted2015/04/09 10:30
昨年は大学1年にして日本選手権で優勝し、国内では完全に追われる立場となった桐生祥秀。“高速トラック”織田記念での10秒切りが期待される。
痙攣しても走り続けた桐生に世界が驚嘆。
桐生のレース運びに、世界の陸上関係者たちも驚きを隠せなかった。シドニー五輪100m銀メダリストで、現在テレビの解説者を務めるアト・ボルドンは桐生の状況を耳にすると目を丸くし、「クレイジー」と一言。レース中に痙攣が起こるのは珍しいことではないが、普通の選手はその状態では走り続けられないという。
「普通の選手はピクッとなった瞬間、体が防御して減速する。痙攣の痛みよりも、ショック反応が大きい。そのまま走りきるなんて普通じゃできない。そうか、桐生は痙攣しながら走りきったのか……。すごいな……」
アトランタ五輪の100mと200mの銀メダリストで、国際五輪委員会委員のフランキー・フレデリクス(ナミビア)も「レース中に痙攣した経験はないけれど、自分だったら途中で止まってしまうかなぁ。ただし五輪の決勝といった『全てを懸ける』レースなら、足がどうなってもいいと思って走るかもしれないけれど」と言葉を選びながら話してくれた。
第一線で活躍していた彼らは分かっている。「スプリントは最後はメンタル勝負だ」と。そして世界のごくわずかなトップ選手だけが備える強靭な精神力を、桐生が持っていることにも気づいたようだ。
桐生「9秒台を出すには気持ちと経験が必要」
参考記録ながら9秒87を出した今、「次はぜひ公認で9秒台を」という話になりがちだが、桐生の目標はもっと高い所にある。
「陸上選手としての最大の目標は、オリンピックや世界選手権の決勝で勝負することです」
「まだまだですけど(笑)」と続けるように、簡単に実現できることではないのは、本人が一番分かっている。「9秒台を出すには気持ちと経験が必要」と言うように、今後は世界でトップ選手と対戦し、経験値を増やしていく必要がある。
想像してほしい。世界の大舞台、100m決勝で『ジャパン』のユニフォームを身に着けた選手が走る姿を。スタジアムはもちろん、テレビの前で、きっと大勢の人たちが手をギュッと握りしめ、固唾をのんで見守ることだろう。もしかしたら走る本人よりも我々の方が心臓ドキドキになるかもしれない。桐生の出した9秒87は、我々に夢を見させてくれる数字でもある。
日本人初の9秒台、そしてファイナリストという自身の目標を、そして我々の夢を桐生祥秀というスプリンターはあっさりと達成しそうな気もするけれど、『その瞬間』が訪れるのを静かに待ちたいと思う。