野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
ありがとう、そして……さようなら。
名店「もつ鍋わたり」を忘れない。
posted2014/08/04 16:30
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph by
Hidenobu Murase
2014年夏。東京・国分寺――。
再開発のための取り壊し工事で広大な空き地と化した北口の駅前周辺は、かつてのうら寂しい風俗街の裏路地に日の光を差し込ませ、どこにでもある健全な通りのように思える。
そして、あの暗黒の闇にどっぷりと浸かり一条の光すら見出せなかったベイスターズも、ここ最近の戦いを見ているとようやく何かが変わり始めた。そんな気配らしき何かがうっすらと漂っているような気がしなくもなくもない。そんな夏。
わたりさん! 横浜が! ベイスターズが3カ月連続で勝ち越しを決めました! あの山口が先発に転向して月間MVPを取りました! 井納が10勝一番乗りを果たし、筒香がやっと覚醒を果たしました。ベイスターズが強くなったような……いや、確実に強くなっていますよ!
やっとそんなことを言える日が来た。上気しながら店へと続く階段を駆け上がり、ドアを開ける。そこには、元野球選手の店を彷彿とさせないシックな店内と、鼻腔を刺激するもつ鍋の芳香、厨房には口の悪い192cmのオカピな鍋屋主人がいて、筆者はいつものように「どうせ最下位だろ」と一蹴される……はずだった。
「もつ鍋わたり」だったその場所は、何もないもぬけの空になっていた。
意味がわからない。混乱した筆者は思わずつぶやいた。
も、もつが……ないぞう。
物好きが暴言を吐かれに集まる、不思議な店。
元横浜ベイスターズの投手、中野渡進氏が営むもつ鍋屋「もつ鍋わたり」が、何の前触れもなく閉店したのは、今年の6月30日のことだった。
天性の口の悪さが災いし、当時の横浜球団と喧嘩してわずか4年でプロ野球界を放り出された中野渡氏が、野球界への反発を以て“プロ野球選手”の名に頼らず、味だけで勝負しようと弟の健さんと同店をオープンしたのが2004年。以来、自ら厨房に立ち、兄弟で作り上げたもつ鍋は、界隈で知る人ぞ知る名店と称されるまで成長すると同時に、現役のプロ野球選手や、物好きな野球ファンが暴言を吐かれに集まってくる不思議な店としても名を馳せた。