オリンピックへの道BACK NUMBER
100mの山縣vs.桐生だけじゃない!
充実の日本陸上陣、飛躍の夏へ。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2013/06/10 11:50
レース後のコメントで「70m付近で、もう抜かされることはないなと思った」と完璧な勝利を語った山縣。「勝ててホッとしています」と笑顔がこぼれた。
山縣が勝つために意識した、逆説的な思考とは?
山縣は桐生に敗れた織田記念のあと、こう口にしてきた。
「自分が先に9秒台を」
昨年のロンドン五輪100mでは準決勝に進出するなど飛躍。短距離界のエース格に躍り出ていただけに、「負けた意識をなかなか払拭できませんでした」という。
だが織田記念後の大会で、タイムは思うように上がらなかった。納得の行く走りにならなかった。
どうしてなのか。思い巡らし、到達した結論は「9秒台を意識すればタイムは出なくなる」だった。
だから大会には、こんな心境で臨んだという。
「期待に応えるためにも、あえて狙わないでいこうと思っていました」
すると、走りから無駄がなくなった。前日の予選でも10秒14と、世界選手権の参加標準記録のAを破る走りをし、決勝でも素晴しいスタートダッシュを見せ、好調を持続したのである。
100m日本記録保持者の伊東浩司は、桐生をどう見たか?
現役時代は10秒00の日本記録を持ち、もっとも9秒台に近かった日本陸連男子短距離部長の伊東浩司氏も、「完璧。実力どおりのレースができたと思います」と山縣を絶賛する。
対する桐生はどうだったか。
伊東氏はこう指摘する。
「スタート前の仕草を見ていると、まだ高校生。緊張していて場慣れしていないですね」
織田記念以降、常に脚光を浴びる立場となった。しかも、よくよく考えれば、日本選手権は初出場なのだ。十分なパフォーマンスを発揮できなくても無理はない。
桐生自身も「(スタートは)苦手というより、思い切りのよさがなくなっていました。メンタルで負けました」と語っている。
レースまでのメンタルの違いが、スタートの差、そして結果へと結びついたのである。
ただ桐生の場合、メンタルばかりではないだろう。織田記念後、インターハイ予選などの過密日程を心配する声は少なくはなかった。しかも、5月31日から行なわれた京都府高校競技対校選手権では3日間で9レースこなしている。疲労がなかったとは言えない。疲労から細かな技術の精度が狂うこともあるという。そうした面も影響したのではないか。