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斎藤佑樹は「敗北」から強くなる。
田中との対決で見えた次のステップ。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byShiro Miyake
posted2011/09/21 12:15
「貯金で終えたい。多ければ多いほどいいですね」と“勝ち越し”を今季の目標にしていると語っている斎藤佑樹。9月20日現在、5勝5敗、防御率2.98の数字を刻んでいる
「こいつはまだまだ大きくなるんじゃないかと思ったよ」
早実監督の和泉実が話していたことがある。
「田中と投げ合ってるとき、しょげ返ってるのかと思ったら『おもしれー』って目をキラキラ輝かせてるんだよ。全国にはこんな投手がいるのか、って。ああ、こいつは自分より大きな相手を見ると、こういう反応を示すのかと思った。あのとき、こいつはまだまだ大きくなるんじゃないかと思ったよ」
実際、斎藤はそれからの9カ月で奇跡のような成長曲線を描くことになる。
つまり、先日、田中に敗れた斎藤は、このときと同じ興奮を味わっていたのではないかと思うのだ。
今の斎藤と田中の差は、ちょうどあの頃の2人の差と同じようなものだ。かたやスーパースター、かたやその世界ではまだ「ぽっと出」同然の選手。その状況に、むしろ喜びのようなものを感じているのではないか、と。
大学時代、斎藤は常に追われる立場だった。そんなとき、こんな話をしていたことがあった。
「高校の頃は、大阪桐蔭とか、駒大苫小牧を食ってやるっていう、下から這い上がっていく感じが楽しかった。そこへいくと今はちょっとつまらないというか、物足りないですね」
生意気で、挑戦的で、血気盛んな斎藤が帰ってきた!!
斎藤は5年振りとなった「マー佑対決」に敗れたあと、記者に囲まれ「(4年間の差は)それほど大きな差ではない」と語ったという。
いかにも斎藤らしいコメントではないか。生意気で、挑戦的で、血気盛んで。久々にわくわくするようなコメントを聞いた気がする。
だが、そのあと16日のソフトバンク戦では、斎藤は5回4失点であえなくノックアウトを食らった。
田中との対戦前、ある担当記者が「最近は大学時代、打者を完全に見下ろして投げていた頃の『どや顔』が戻ってきましたからね。楽しみですよ」と語っていた。
斎藤もプロ入り後、心身ともに少しずつは成長している。だが、その速度よりも、現状ではプロの打者が斎藤に順応する速度の方が勝っているのだ。
もちろん、すぐに強くなるというわけにはいかない。
だが何年かのち、斎藤が相応の投手になったとき、あの試合で完投し、田中に負けたことがきっかけになったと語っているのではないだろうか。そんな気がしてならない。