俊輔inグラスゴーBACK NUMBER
絶賛の嵐の中で。
text by
鈴木直文Naofumi Suzuki
photograph byNaofumi Suzuki
posted2005/12/28 00:00
12月10日のヒバーニアン戦は、「今季SPL最高のエンターテイメント」と各紙が大絶賛した試合だった。この試合がこれほどまでに見る者の陶酔を誘ったのは、両チームが見せた小気味良いスキルとパスワーク、逆転に次ぐ逆転の試合展開、後半早々の息をつかせぬゴールラッシュ、試合終了まで衰えることのないファイティング・スピリットといった要素もさることながら、それらをもたらしたのが数多の若き“スコッツ”達だったからだ。
この日セルティックがホームで迎え撃った
“ヒブス”ことヒバーニアンは、知将トニー・モウブリーの下、昨季3位に躍進。ユース育ちの若者達が織り成すアタッキング・フットボールで、リーグに爽やかな風を吹き込んだ。同じエジンバラを本拠とするライバルのハーツが豊富な資金による大型補強で躍進したのとは対照的に、自前の若手を育てながら、尚且つ内容のあるサッカーで、今季は既にレンジャースにも連勝するなど、タイトル争いまで後一歩という位置につけている。昨年の最優秀若手選手のデレック・ライオダン(1月のセルティック入りも噂される)を筆頭に、センターフォワードのガリー・オコナー、トップ下のスコット・ブラウン、中盤の底からゲームを組み立てるケビン・トンプソンら、主力の殆どは二十歳そこそこの“スコッツ”である。この日一時は逆転となる2点目を鮮やかな左足のハーフボレーで決めたスティーブン・フレッチャーなどは、まだ18歳である。今やヒブスの試合には、国境の南や大陸から彼ら目当てに多くのスカウトが集まってくる。
対するセルティックも、ショーン・マローニー、エイデン・マッギーディ、スティーブン・マクマナス、ロス・ウォレスという4人のユース育ちの若者が先発出場を果たしていた。特に22歳のマローニーと19歳のマッギーディのテクニックと創造性は、中村と共にセルティックの多彩な攻撃の原動力となっている。
長年、純国産のスター不在に泣かされてきたスコットランドのサッカー関係者が、この若きタレントの競演に興奮し、勇気付けられたのは、ごく自然なことだろう。
そんな中、大半のメディアがマン・オブ・ザ・マッチに推したのが、他でもない中村俊輔だった。翌日および週明けの新聞記事からいくつか抜粋してみよう。
「この小さな男がヴィジョンと繊細さと魔法とをブーツの中に携えて、ゲームの流れを瞬間的に変え、殆ど何も無いところからチャンスを切り開くことができることは、今や誰の目にも明らかではないだろうか?(略)単に犀のように駆けずり回って眼前に立ちはだかるもの相手に突進したり頭突きをしたりしないからと言って、やる気が無いということにはならない。(略)彼がスコットランドの速くてフィジカルなサッカーに立ち向かうガッツを持っていないなんてちょっとでも言おうとしないで欲しい。土曜日も、他の多くの試合同様、一人特別扱いされて、何度も激しい当たりを食らったけれど、彼の反応はどうだろう?文句を一言も言わず立ち上がり、静かに土埃を払ってすぐにボールを持ってパスを供給するという自分の仕事に戻るだけだ」(Scottish
Daily Express)
「彼のその能力だけで、彼にはレッジーナに支払った250万ポンドの全ての1ペンスの価値がある。」(Sunday Mail)
先月のダービー前までは、中村に対する辛口な採点が多かった。ストラカン監督やチームメートが一貫して彼を擁護し続けた一方で、メディアからはその貢献度を疑問視する声が絶えなかった。しかし、こうした厳しい見方は、彼の選手としての能力を疑っているのではなく、むしろ期待する水準の高さの裏返しだった。しかも、高額で獲得した「助っ人」として、先に挙げた「国産」の若き才能の出場機会に蓋をする存在になり兼ねないが故に、より高いハードルが設定されてきたという側面もある。
しかし、5ヶ月の間、何度削られても臆せずにボールを持ち華麗な技術と創造性を発揮しつづけたことで、中村流の闘志を内に秘めたスタイルが認知されてきた。攻撃時に中央に入り込みがちなことに対する批判も、中央から何度も好機を演出することで、賞賛に変えてしまった。一方中村自身も、フィジカルコンタクトに対する強さとディフェンス面を向上することで、自らのスタイルをよりスコティッシュ・フットボールのそれへと適応させているように見える。今セルティックパークでは、中盤で相手を削り返したり、右サイドを猛然と駆け戻ってクロスをブロックする中村俊輔の姿を見ることが出来る。
その一方で、まだまだ厳しい要求が途絶えたわけでは無さそうだ。「タイトル争いはナカムラと仲間たちによる1頭立てレース」と題打ったDaily Recordのコラムを見てみよう。
「土曜の試合の後、皆シュンスケ・ナカムラを絶賛していたけれど、私はこの日本人のスターよりも良かった選手の名を3人は挙げられる。(中略)ナカムラが悪い選手だと言っているのではない。その反対だ。私が彼について不満なのは、シュンスケはもっと強引に勝負を決めに行かなければならないということだ。もっと自分から相手選手に突っ掛けて、これまでよりももっと多くのゴールを産み出さなければならない。スコットランドの文化に馴れる時間はもう過ぎた。今後の2、3ヶ月で、彼の本当の姿をグラウンドで披露して欲しいものだ」
シーズンはまだちょうど半分。まだまだ「1頭立て」には早過ぎる。そして中村がその進化を止めてしまうのにも。スコットランド勢初のCL16強入りで監督人事の雑音を封じたレンジャースも、1月の移籍市場で更なる補強を狙うハーツも、そして若い勢いのヒブスも、まだまだ諦めてはいないはずだ。
そして今週の半ば、ロイ・キーンのセルティックへの電撃加入が発表された。巻き返しをはかるライバルたちと、世界最高レベルを知る闘将の加入が、中村俊輔を更なる高みへと駆り立てる。