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高校野球界屈指の名将が
大震災について考えたこと。
~『Rの輪 広陵野球の美学』~ 

text by

山田良純

山田良純Yoshizumi Yamada

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posted2011/05/23 06:00

高校野球界屈指の名将が大震災について考えたこと。~『Rの輪 広陵野球の美学』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『Rの輪 広陵野球の美学』 山田良純著 南々社 1500円+税 2010年度「ミズノ スポーツライター賞」優秀賞受賞作

 大震災が起こる日の明け方、不思議な夢をみた。地震の夢だ。突然にして地面ごと揺さぶられ、目の前の白い軽トラックが得体の知れぬ強圧によって薄いブリキの玩具のように捻じ曲げられていく。見上げると黄色い暮色の空を背後にたたえたアパートの壁面が無残に崩れ落ちてくる。妄言、戯言ではなく現(うつつ)の中に確かな夢の記憶が今でものこっている。

 朝から妙な胸騒ぎを覚えながらその日を過ごしていた。北海道東部にある人口1万人ほどの白糠(しらぬか)町は、紫蘇とシシャモが名産の街だ。僕が勤務している白糠中学校はそのとき授業中だった。最初、校舎の壁面が揺れた気がした。ぶら下がった蛍光灯で地震を確認すると、寸の間もなく横揺れが始まった。やがて一時避難所となった中学校に地域住民が集まってきた。オープンスペースに置かれた大画面のテレビ。信じ難い実況中継に目を疑った。ふいに、明け方にみた夢を思い出してそぞろ寒さが身体中を駆け巡った。わが身にも危険が迫るかもしれない大津波の情報とともに、そこにいた誰もが息をのみ、瞬きすら忘れて中継をみつめた。

'07年の準優勝チームを描いた第2部のテーマは「人を育てる」。

 このたびの「東日本大震災」を中井哲之監督はどう考えているのだろう。震災の惨事が連日報道されているさなかに頭をかすめた。広陵高校野球部監督として春優勝2回、夏準優勝1回。甲子園通算勝利は27勝を数える名将である。

 自著『Rの輪 広陵野球の美学』では第1部で1967年、第2部で2007年と夏の甲子園で準優勝を果たしたチームに焦点を当てた。中井監督が率いた第2部では、「人を育てる」という普遍的なテーマの結果や成功を核としながらも、それが押し売りにならないよう、名門野球部で規律の修得と鍛練を重ねながら揺れ動く彼らの姿を書きつづった。

「どうして控え選手のことをそこまで大切にされるんですか?」――それが中井監督に会ったとき最初にした質問だった。恵まれない立場の人間に対して優しい人たちに、僕は何故かしら弱いところがある。教育とはいったい何か。世の教育者が放置してしまっている矜持とも言うべき心のあり方を中井監督は語っていた。人のために何かができることの尊さ、そして感謝。'07年に甲子園で活躍した選手たちは中井イズムを受け継ぎ、大学野球という世界でリーダーに選ばれている。'11年春現在、土生翔平(早大主将)、小林誠司(同大主将)、山下高久雅(駒大副主将)、野村祐輔(明大副主将)、高西恵司(亜大主務)などがいる。

【次ページ】 中井監督が選抜高校野球大会を終えて語った一言。

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