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女傑たちの記憶 『中舘英二が語る、ヒシアマゾン×ナリタブライアン』 ~秋競馬・名勝負列伝~
text by
江面弘也Koya Ezura
photograph byHisae Imai
posted2009/10/09 11:30
ヒシアマゾン(右端)は、最後の最後まで三冠馬ナリタブライアンに追いすがった
唯一の欠点であるスタートの悪さが功を奏する展開に。
スタートの悪さが唯一の欠点といってもいいヒシアマゾンは、いつものように出遅れ、後方からのレースになったが、この日はそれが功を奏した。ツインターボが後続を大きく引き離して逃げる速い流れのなかで、いつもより前にポジションをとったナリタブライアンの動きを見ながらレースを進められたのだ。
そして2周めの3コーナーを回ると、ヒシアマゾンは一気に前に進出していく。中舘はスパートを遅らせて直線勝負に賭けることも考えたが、相手はナリタブライアンである。あの馬に勝つには、強引だと批判されることを覚悟のうえで勝負に出るしかない。
「ヒシアマゾンは並べば強いと思っていましたから、4コーナーでナリタブライアンに馬体を並べて直線に向きたかったんです。馬にはそれだけの手応えがありましたし、ぼくも後悔したくなかったですからね」
歴戦の牡馬たちを退け、最後まで三冠王を追い込んだ。
そのとき、耳をつんざくような大歓声が聞こえてきた。いつもならば4コーナーでは悠々と先頭に立っているナリタブライアンに、牝馬のヒシアマゾンが馬体を並べ、競りかけてきたのだ。
中舘は痺れるほどの手応えを感じた。
だが、それはほんの一瞬で霧散する。
「あれっ!? という感じでしたね」
と、中舘はその瞬間を表現した。勝てる、と感じたのも束の間、それまで目にしたことのない瞬発力で、ナリタブライアンは前に行ってしまったのだという。
ところが、ヒシアマゾンの真価はここから発揮される。並の3歳牝馬ならばそのまま力尽きても不思議でない真っ向勝負で三冠馬に挑み、突き放されても、彼女の勢いはまったく衰えなかった。うしろから追い込んでくる歴戦の牡馬たちを退け、前のナリタブライアンをふたたび追いかけ、ゴールまでフットワークが乱れることもなく、迫っていくのである。
結果は3馬身及ばなかった。
しかしそれでも、わたしは、あのレースがヒシアマゾンの最高のパフォーマンスだと思っている。そして、ウオッカやダイワスカーレットを見たいまでも、じつはヒシアマゾンこそが史上最強の牝馬なのではないかと、あの有馬記念を思い出すのだ。