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“ダウン経験ゼロ”あの井上尚弥が苦しんだ日…それでもなぜ倒れない? 元世界王者が語る“衝撃的ディフェンス力”「普通の選手だったらもう無理」
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/07/22 17:00
ダウンを知らないモンスター。敵がなぜ倒せないのか、そこには確たる理由がある
異常なまでのタフさ
井上の場合、攻め込まれるシーンがほとんどなかったため、どれほど打たれ強いのかは未知数だったが、ドネアとの1戦目でそのタフネスぶりは明らかになった。
ゴングが鳴り、2人が初めて対峙する。内山の見立てでは、井上はドネアの圧に危険を感じ、珍しく後退する様子を見せた。互いにリズムを崩し合おうと模索するなか迎えた第2ラウンド、ドネアの左フックが井上の右目を直撃。映像を見返しながら「これを食らって倒れないんだからすごいですよ」と内山はつぶやく。
この一撃で視界が二重となった井上は、第9ラウンド、さらに追い込まれる。1分過ぎ、今度は右ストレートを顔面にまともに被弾。一瞬、崩れ落ちかけた。
「これは効いたでしょうね……。普通の選手だったらもう無理ですよ。でも、この状況から井上は動けているし、ちゃんと次の攻撃を回避している。最後まで足が止まらないところも、井上のよさの一つ」
打たれど「連打を許さない」
致命傷となりうるパンチを受けながら、膝をつくことなく12ラウンドを戦い抜けたのはなぜか。内山は、井上の打たれ強さに加えて、もう一つの要因を挙げた。
「ディフェンスでは、2発目をもらわないことが重要なんです。1発当たって効いた瞬間に2発目が当たればたいていは倒れますけど、井上は単発でもらうことはあっても2発目はもらわない」
第9ラウンドの右ストレート。井上はたしかに、ドネアが繰り出す返しの左フックを間一髪かわして危機を脱していた。
「距離感やスウェーの話でも同じことが言えますが、相手に連打をさせないことがポイント。連打させない距離に逃げる。空振りさせる。そこが井上のいちばんすごいところだと思います」
それにしても、思いきり殴られ、視界もゆがむなかで、どうして2発目を避けることが可能なのだろう? 内山は自身の経験をもとに、苦笑しながら答える。
「打ち終わりに必ず避ける練習を繰り返すことで、その動作がクセになっていることもありますし、あとは感覚としか言えないですね。『こういうパンチが来たらこう避けよう』なんて考えない。目で見るだけじゃなくて、殺気も含めて感じながら自然と体が動くんです」
距離感覚にすぐれ、ディフェンスの技術も一級品。痛い一発を浴びたとしても連打は許さず、なおかつ打たれ強い――。
何重ものバリアをまとった怪物の生身にダメージを与え、倒すのは、至難の業というほかない。
内山高志(うちやま・たかし)
1979年11月10日、長崎県生まれ。'05年にプロデビュー。'10年1月、WBAスーパーフェザー級王者となり、'16年4月まで11連続防衛。'12年には日本人史上初のWBA年間KO賞受賞。'17年7月に現役引退。現在は解説者やジムの経営者として活動する。27戦24勝(20KO)2敗1分。