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井上尚弥のKO量産は「筋力によるものではない」現トレーナー・八重樫東が語る“間近で見たモンスター”の天才性「井上尚弥のままで引退させる」 

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日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

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photograph byKiichi Matsumoto

posted2023/07/22 17:01

井上尚弥のKO量産は「筋力によるものではない」現トレーナー・八重樫東が語る“間近で見たモンスター”の天才性「井上尚弥のままで引退させる」<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

世界3階級制覇を成し遂げ、2020年に引退した八重樫東。現在は井上尚弥のトレーナーを務める

「相手と体重が同じである以上、筋肉量にも大きな差は出ません。尚弥は技術でパンチを当て、スキルで倒しています。パンチ力にフォーカスするのであれば、拳に力を伝達する効率がいい。下半身の力を上に上げて前に伝える。関節連動率というか、簡単に言えば体の使い方がうまいんです」

階級上げて出力増した過去

 ボクシングのために仕立てられたフィジカルを備えながらも、キャリアの序盤、その強みを十分には発揮できなかった。ネックとなったのが減量だ。

 井上は7戦目の勝利を区切りに、それまでのライトフライ級からスーパーフライ級へと2階級上げた。八重樫は言う。

「ライトフライ級の試合のパフォーマンスは、スパーのときと比べて50%ぐらいしか出せていなかった。(計量後に)リカバリーをするといっても、試合の途中から痩せていくような感じにしか見えませんでした。スーパーフライ級に上げてからは、体がふた回りほど大きくなり、スパーの80%くらいまで出せるようになりました」

 16戦目以降はバンタム級に戦場を移すと、体格とともに出力はさらに増した。強敵を打ち倒し名声を確立した井上が、八重樫に対し「トレーナーになってほしい」と依頼してきたのは昨秋のことだ。

トレーナー打診に「なぜ自分なんかに?」

 かつての“激闘王”は困り顔で振り返る。

「やりたくなかったですよ。トレーナーになったばかりですし、ケガをさせるのも怖いじゃないですか……」

 井上の父からも懇願され、トレーナーになることを引き受けた。「なぜ自分なんかに?」という問いへの答えは、徐々に明確になる。

「一つには、刺激が欲しかったんでしょうね。尚弥はすごく貪欲で“欲しがりさん”ですから。あとは、トレーニングの効果をボクシングに落とし込むためのアドバイスをぼくに求めたんだと思います」

 フィジカルを鍛えることと、ボクシングの力が向上することは決してイコールではない。特に、なぜこのメニューに取り組むのかを理解していないと、トレーニングのためのトレーニングで終わってしまう。

 その点、八重樫の知見は豊富だ。選手だったころから、少しでも強くなるために、さまざまな試行錯誤を重ねた経験がベースになっている。井上はそこに目をつけたのだろう。

動きや姿勢は「まだ改善できる」

 八重樫には、練習を課す立場になって見えてきたものがある。

【次ページ】 「井上尚弥のままで引退させる」

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