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「前沢さん、新球場をつくるんですよね?」ファイターズ番記者の問いに絶句…”幻のスクープ”の全貌「隠し立てはしない。でも書かれるとまずいんだ」 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byKiichi Matsumoto

posted2023/04/19 06:01

「前沢さん、新球場をつくるんですよね?」ファイターズ番記者の問いに絶句…”幻のスクープ”の全貌「隠し立てはしない。でも書かれるとまずいんだ」<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

2023年から日本ハムファイターズの本拠地となった「エスコンフィールド 北海道」

「書いてもいいですか?」とたたみ掛けると…

  前沢は平静を装ったつもりだったのかもしれない。だが、高山はその時点で確信した。計画は存在するーー。だから、たたみ掛けた。

「書いてもいいですか? スポーツ新聞は多少飛ばし気味にいかなきゃならないときもあるんですよ」 

 前沢の顔色が変わった。半身だった体を取材者に対して正面に向けると、覚悟したように、ひとつ息をついた。そして、高山の眼を真っ直ぐに見つめてこう言った。

「ちょっと待って。もう少し待ってほしい......」

 それは事実上、新スタジアム建設計画の存在を認める発言だった。正直な人だ、と高山は思った。だから、ひとまず「わかりました」と頷いておいた。

「あとで連絡する。詳しいことはその時に話すから」

「人に見られないように、球団事務所に来てほしい」

 前沢はそう言い残すと足早に札幌ドームの方へと歩いていった。高山はその背中を見送りながら、ふと思った。吉村と歩調が似ているのだ。なぜ足音を聞き間違えたのか合点がいった。そして自分の鼓動が速くなっていることに気づいた。

 新しいスタジアムができる......。この球団が初めて、本当のホームスタジアムを手に入れようとしている。一体どこに? どうやって建設するというのか? 

 高山の思考は夢と現実、あちら側とこちら側を行ったり来たりしていた。確かなのは、これがもし本当ならば、道民の心を激しく揺るがすニュースになるということだった。 

 翌日、約束通り前沢から連絡があった。 

「なるべく人に見られないように、球団事務所に来てほしいーー」 

 往来の少ない午前中に事務所に着くと、もう前沢が待っていた。「部屋を用意してある」 と2階のオフィスへ向かった。外からしか見たことのなかった階段を上がりながら高山は思った。

 場合によっては、前沢と決裂してでも記事にしなければならない......。

 スタジアム建設という大きなプロジェクトになれば、情報が世に出るタイミングもデリケートになるはずだ。関係各所に共有した後でなければハレーションが起こる。だから、新聞に書くのは少し待って欲しいと、前沢はおそらくそう言うはずだ。だが、やらなければやられる。それがストーブリーグだ。取材対象に配慮した挙句、スクープがフイになるのはよくある話だ。場合によっては後着の他紙に先を越されることだってある。そして負け続けた者は記者ではいられなくなる。高山には常にその種の恐怖心があった。その怖れが張り込みを続ける原動力にもなっていた。新聞記者という職は高山にとってそれだけ特別なものだった。 

【次ページ】 父から言われた「記者ってのは、いい仕事なんだぞ」

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