「あのドーヴィル（モーリス・ド・ゲスト賞、芝1300m、GI）はホント痛快でした。翌週のタイキシャトルのジャック・ル・マロワ賞（仏ドーヴィル、芝1600m、GI）がかなり盛り上がっていて、それも岡部（幸雄）さんが勝ったわけですが、その1週前であまり注目されていなかったところをサッと持って行ったという快感です。アメリカ産馬でしたが、全身を使って走るスピード馬でしたね。乗っていて気持ちのいい馬でした。

シーキングザパールと武豊　©Keiji Ishikawa

　あのあとはアメリカにも遠征して、サンタアニタでは当時森厩舎の調教助手だった宮路満英さんの姿も印象的です。このコースはゲートまで馬を連れていき、レースが終わるまでにゴール地点まで戻ってこなくてはいけないんです。その往復を宮路さんが全力疾走したのがファンに受けて、スタンドが拍手喝采だったんです。宮路さんはその後脳卒中で厩舎を辞めることになりましたが、リハビリを頑張ってパラ馬術で再び花開いて、今年のパラリンピックの馬術では見事に7位入賞。その姿を見てアメリカの記憶も蘇りました」

騎乗した名牝の中で最強の1頭を選ぶとしたら？

――ほかにも、ファレノプシス（'95年生まれ、父ブライアンズタイム、母キャットクイル、栗東・浜田光正厩舎）、ダンスパートナー（'92年生まれ、父サンデーサイレンス、母ダンシングキイ、栗東・白井寿昭厩舎）、ウオッカ（'04年生まれ、父タニノギムレット、母タニノシスター、栗東・角居勝彦厩舎）といった面々がいます。

武豊はウオッカに騎乗して安田記念を勝利した　©JIJI PRESS

「わあ、こうやって並べてみたらボクも結構名牝たちに乗ってますね。どの馬もそれぞれ思い出深いですが、ウオッカはダービーなどタイトルを取ったあとに乗せてもらったので、特に緊張感がありました。初めて乗るときに、すでに『名牝ウオッカ』でしたから。あの馬も男馬っぽかったですね。身体が大きいし、パワーがすごいし、引っかかるし。牝馬であることを意識しないで乗った気がします」

――そんな名牝たちの中で、最強の1頭を選ぶとしたら、どの馬になりますか？

「うーん、難しいなあ……。でもボクが乗った中で挙げろと言われたら、やっぱりエアグルーヴですね。繁殖成績とか、時代背景も考えると、日本の競馬に大きな影響を与えた1頭ですし、いまの牝馬ブームの火付け役と言っていいんじゃないかと思います」

秋の天皇賞制覇時のエアグルーヴと武豊　©Keiji Ishikawa

――多くの牝馬を勝利に導いてきたわけですが、不思議と「牝馬の武豊」という異名は耳にしたことがありません。

「たしかに嶋田功さん（故人）とか、河内洋さん（現調教師）、松永幹夫さん（現調教師）あたりが『牝馬の誰々』とか言われて、馬に対する当たりの繊細さを讃えられていました。ボクもけっこういい牝馬に乗ってきたんですが、それを言ってもらったことがないんですよね（笑）」

（初出：Number1037号『武豊が愛した女王たち』）

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