大分では有名な選手だったが、プロに進むことなんて考えたことすらない。大学からいくつか話は来ていたが、母子家庭だったことを考えれば薦められる大学はそう多くはない。かといって、社会人野球で甲斐を取ってくれるチームも見当たらない。

　どうしたらいいかーー悩んだ宮地さんは思い切ってソフトバンクの九州担当スカウトを務めていた福山龍太郎スカウト（現・アマスカウトチーフ）に相談した。顔が広い福山スカウトなら、甲斐が野球を続けられる環境を見つけてくれると思ったからだ。

「福山君、拓也の進路どうしたらいいかな」

　実は、福山スカウトは高1のころから甲斐の存在を知っている。群を抜く送球の速さは幾多の学生たちを見極めるスカウトの記憶にもしっかりと残されていた。

高校時代の甲斐拓也（写真／宮地さん提供）

　宮地さんの言葉を聞いた福山スカウトの頭によぎったのは、その翌年からソフトバンクが発足した三軍制度のことだった。“一芸”に秀でていれば、指名するチャンスはあるかもしれない。

「もし彼がこれからも野球をやる気なら、一度見に行きます」

　宮地さんにそう伝えると、すぐに上司を伴って甲斐の視察に訪れた。

スカウトが感じ取った“甲斐キャノン”の片鱗

「（すぐにプロで通用するほど）決して肩は強くはない。でも捕ってから投げるのがものすごく速いんですよ」

　福山スカウトは期待を込めて甲斐を見守った。そのときに測った二塁への送球タイムは1.77～78秒。高校生なら2秒を切れば速いと言われ、プロレベルでも1.8秒を切るのは驚異的な数字だった。

「当時から、もう“甲斐キャノン”の片鱗を見せていましたね」

　プロの道がひらけた瞬間だった。

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