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「あばらや鼻を折られた者もいた」井上尚弥とのスパーリング拒否続出も…なぜ“元日本王者”は恐れなかったのか「殴られっぱなしでは嫌でした」 

text by

森合正範

森合正範Masanori Moriai

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2022/12/13 17:00

「あばらや鼻を折られた者もいた」井上尚弥とのスパーリング拒否続出も…なぜ“元日本王者”は恐れなかったのか「殴られっぱなしでは嫌でした」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

トップ選手でも拒否したという「井上尚弥とのスパーリング」。その中で黒田雅之が“逃げなかった”理由とは

「尚弥や真吾トレーナーが一目置いてくれた」

 何度も拳を交えるうち、井上の特殊性を感じた。例えば左を打つと右を被せてくる。パンチを打ったらすぐに動く。一つ一つは基本に沿ったもので難しいことではない。しかし、どんな状況でも瞬時に正しい答えを導きだし、必ず最適な動きをしてくる。

「当たり前のことをやっているんですけど、全部の動きでクオリティーを極限まで上げていくと、同じボクサーから見ても何をやっているのか分からなくなる。ジムで相当お父さんとやりこんでいるんだろうなと思いました。スパーリングをやっていて、毎回毎回、違う人間が出てくるような感じでした」

 自然と井上を意識するようになった。ジムでシャドーをするときは井上に見立て、フェイントを入れ、パンチをたたき込む。前回のスパーリングの修正をして、攻略法を探る。まるで試合に臨むかのように準備をした。

「こっちもボクサー。やるからには、殴られっぱなしでは嫌でした。100やられても1は返すんだ。ずっとそう思っていました」

 負けん気が溢れ出る。決して一方的にやられていたわけではない。20代半ばの黒田は体格面で押されることが少なく、一発当てると、井上が熱くなる場面もあった。

 これらのスパーを傍で見守っていた新田が回想する。

「『何言っているの?』と言われるかもしれないけど、スパーで黒田はまあまあやるんです。こっちの方が良いときもあったくらいで、尚弥や真吾トレーナーが『やりにくい』と一目置いてくれたのも大きかった。相性もあるだろうけど、数はこなせたんです」

「怪物」と闘う姿を見て、黒田のポテンシャルの高さを再確認し、新田も期待を寄せていた。

 だが、「目印」がさらに遠ざかっていく。井上はデビュー1年足らずで日本チャンピオンになり、その7カ月後には日本最速(当時)のプロ6戦目でWBC世界ライトフライ級王者になった。一方の黒田はプロ27戦目の世界初挑戦でWBA世界フライ級王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)に大差の判定負け。その後、日本フライ級王座にも及ばず、勢いは影を潜めた。

 しかし、2人のスパーリングは続いた。

「僕も彼と同じ舞台に立ちたい。彼と手合わせすることで世界を疑似体験できる」

 試合が近づいてくると新田が発破を掛けた。

「尚弥とやっているんだから。相手がそれ以上強いわけないだろ」

 黒田が頷く。おのずと練習に熱が入った。(つづく)

#2に続く
井上尚弥と「150ラウンド以上」実戦した“真面目すぎたボクサー”…今も悔やむ“土下座した最後のスパーリング”「現役17年。彼に生かされた」

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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