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大谷翔平「日本ハムにお世話になります」までの舞台裏…“可能性ゼロ”から交渉を続けた元GMが10年越しに明かす「とてつもなく長い45日間」
 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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posted2022/11/19 17:00

大谷翔平「日本ハムにお世話になります」までの舞台裏…“可能性ゼロ”から交渉を続けた元GMが10年越しに明かす「とてつもなく長い45日間」<Number Web> photograph by KYODO

国内球団への入団について「可能性はゼロ」と話していた大谷だが、1カ月半の交渉の末、日本ハム入りを決断

「うちの子は、最後は全部自分で決めるんですよ」

「エースくん」の可愛いらしい助太刀はあったものの、具体的な話には至らず、山田氏は18歳の決意の固さを実感していた。11月10日、大谷の両親に対し花巻市内のホテルで入団交渉を行う。大渕隆スカウトディレクターが資料を作成し、プロジェクターを使って約1時間半にわたり説明。競技別の海外進出の傾向や韓国の例などを示して、アマ球界から直接メジャーに挑戦することの厳しい実態について訴えた。

「資料を見たご両親は、“現実はこんな感じなんですね。直接行くのは難しいんですね”という反応でした。ご家族もすぐに海を渡らせるのは不安もあるでしょう。それをもし大谷本人に伝えてくれたら、少しは気持ちが傾くのではないか、という淡い期待がありました。でもお父さんは“ただね、うちの子は最後は全部自分で決めるんですよ”とおっしゃっていましたね」

 1週間後の同17日、今度は大谷本人も交えて入団交渉が行われる。当時の新聞報道によると、山田氏はこの席で大谷に、投手と野手の「二刀流」プランについて提案したとされるが、当の本人は「そんなことを口にした覚えはないんですよ」と頭をかく。

「ピッチャーもバッターもどちらもいいから両方とも、なんて冗談でポロっと言ったのかもしれないけど、本当に記憶にない」

 ただし、ある時当時の指揮官だった栗山英樹監督に「山田さん、大谷は投手と野手、どちらがいいんですか?」と聞かれた際にこう答えたことは覚えている。

「両方いいと思いますよ。両方やらせてみて、栗山さんが判断しても遅くないんじゃないですか」

 実は山田氏は大毎(現在のロッテ)での現役時代、「二刀流」での出場を果たしている。左打ちの外野手として入団後に、チーム事情から一時期投手にも転向して5試合に登板しているのだ。この時点で大谷の現在に至る「二刀流」の育成プランあったわけではないが、投手と打者、両方の能力について「どちらか、ではなく、両方捨てがたい」と評したのは本心からだった。

「彼は高校時代から、ピッチャーとしてもバッターとしても、一番大切なものを全てもっていました。ピッチャーとしては腕の振りの速さや、肩の柔らかさ、体の大きさ。バッターとしてはスイングスピードの速さや、ボール球を見極める力。足が速いというのも、特に右投手ではいい投手に共通する要素なんです。下半身をしっかり使えてバランス良く投げられることにつながってきますから」

 12月3日、最後となった入団交渉の席で、山田氏の言葉を受けた栗山監督は育成プランについて大谷本人を前に「投手、野手の両方をできると思っています。僕のなかでは、(投手・大谷と打者・大谷の)2人が入団してくると思っているので」と口にしている。前人未踏の「二刀流」の第一歩は、この時始まっていた。

【次ページ】 翻意した瞬間はいつ?  大谷の答えは…

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