「ウォーミングアップが終わって、ポール間走をやりだしたんです。社会人の選手と混ざっても一人スピードが違う。最初の1往復は、群を抜いていました。ところが、2往復目で半分まで行ったらトコトコ歩きだしたんです。何事かと思ったら“なんか軽い肉離れっぽいんですよ”ってリタイア。練習始まって数分ですよ。一緒に見ていたNTT東日本の飯塚（智広・元）監督も大爆笑。“どこでも行けるっしょ”って言ってたやつがこれですから（笑）」

大学時代の塩見。練習中の一コマ（帝京大提供）

　結局、社会人野球の名門・ENEOS入りが決まったが、その交渉の際にも塩見は“天然”ぶりを大いに発揮した。スカウトに来ていたENEOSの副部長の説明を聞いていた時のこと。「是非うちで一緒にやらないか！」と嬉しい言葉をかけられたはずの塩見の反応がどうも鈍い。見かねた唐澤監督がこっそり、「ちょっと待て。エネオスって会社知ってるか？」とたずねると、塩見は「スタンドでしょ？　エネゴリですよね？」とポツリ。

「あいつ、ガソリンスタンドで働くと思っていたんですよ。さらに入部が決まった後で面談した際には、“塩見くんはどういうタイプのバッターなの？”という質問に“僕は右打ちです！”って胸張って答えたらしい。相手の方は最初、右の逆方向に打てる打者、という意味で捉えたらしいんですが、塩見は単に“右打者”って意味だった。そんなの知っとるわ！　ってね（笑）」

「あんなに面白い子はいない（笑）」

　ENEOSでは、2年目から1番打者に定着して活躍した。帝京大時代は肉離れや肩の故障など相次ぐ怪我に悩まされてきたが、社会人野球の2年間で本格的にトレーニングに取り組むようになり、プロを目指せる体作りができたことも大きかった。2017年秋にドラフト4位でヤクルトから指名を受けた際は、本人は全くの予想外で部屋でゲームの真っ最中。唐澤監督には開口一番、「（指名が）かかっちゃいました～！」と“らしい”報告をしてきたという。

　昨シーズンは1軍定着を果たすやサイクル安打達成、リーグ優勝、日本一、ベストナイン受賞と大ブレークし、今シーズンは5月に3打席連続の本塁打を記録。スピードに加えパワーと勝負強さも身につけ、チームを連覇へと牽引している。

「サイクルも3打席連発を打った時も驚きはなかったんです。何となく塩見ならやるだろうな、って。人とは違う、とんでもないことをやるような雰囲気がある。何でしょうね、一言で言ったら宇宙人かな。本当に宇宙人ぽい。あんなに面白い子はいないですよ（笑）」

　10年前、イノシシを追いかけ回し、多くの天然エピソードを残した“やんちゃな青年”――塩見泰隆はいま、猪突猛進とばかり連覇へ突き進むヤクルトの原動力となっている。

©Nanae Suzuki