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鈴木誠也18歳、父から銭湯で「広島の人間になれ」東京下町育ちの少年はなぜカープで愛された?「初優勝後に鳴った深夜2時の電話」 

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村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

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photograph bySankei Shimbun

posted2024/04/12 17:02

鈴木誠也18歳、父から銭湯で「広島の人間になれ」東京下町育ちの少年はなぜカープで愛された?「初優勝後に鳴った深夜2時の電話」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

入寮時に親に買ってもらった香水を手に笑顔を見せる鈴木誠也(2013年1月)

――今季(2016年)の成績をどう思う?(※打率.300、156安打、29本塁打、95打点)

「正直、なんで今こうしていられるのかわからないんです。ホームランもこれまでは打球が上がらなかったけど、最近は角度が付くようになったんです、勝手に。ちょっと上手く行きすぎて怖さも感じています」

――凡退した後に激しく悔しがるのはなぜ?

「自分でも思います。何でこんなにキレてんだろうって。1試合で疲れちゃいますね」

――小さい頃からカッとなるタイプ?

「なりますね。中学くらいから。負けず嫌いなんですかね。嫌なんです、抑えられるのが。でもプロでは何百打席も立つので、ずっと怒ってても次の打席に影響しますから。今は怒っても一瞬だけですけどね」

――鉄パイプの練習は覚えている?

「あれは親父が勝手にやり始めて。うぜえなと思いながら(笑)。打てないと思ってやらせたんでしょうけど結構簡単でした」

――町屋と広島は似ている?

「ガヤガヤしてないし、だから僕もすんなり馴染めました。いまだにお好み焼きよりもんじゃ焼きの方が好きですけど(笑)」

――カープの居心地は?

「明るくて雰囲気もいい。先輩をいじっても……いや、悪いとは思ってますよ、でも僕らがやりやすい環境を作ってくれます。年下の僕が言うから間違いないです」

――町屋で育って身に付けたものは?

「うーん……別にないですよ(笑)」

広島で響いた“セイヤ”の応援歌

 25年ぶりの優勝と広島の人らの姿を目にし、父・宗人は感動を禁じ得なかった。

「多くの広島の人が誠也のプレーに注目し、喜んだり、元気になってくれている。それが本当に嬉しいんです。優勝した日、夜中の2時頃に部屋に戻った誠也から電話が来ました。いつもは面倒くさそうに喋るのに、興奮して喜びを爆発させてね。『なんで祝勝会を抜けて部屋に帰って来たんだ?』と聞くと『明日の試合に備えて寝る』と。頼もしく思えましたね」

「皆に名前を呼んで貰えるように」と願い、町屋の英雄の名を付けた“セイヤ”の名は、今、球場で3万の人たちが叫んでいる。

“荒川から架けろ 夢の赤い橋”

 今年できた応援歌の一節にはそんな言葉がある。鈴木誠也は言葉通りに広島の人たちの希望となり、優勝という夢を架けた。

前編から続く)

■初出:Sports Graphic Number911号「鈴木誠也が“神る”まで。」(2016年9月23日発売)

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