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ブラジルの超大物監督も「ボランチの語源」を知らなかった!《なぜ日本で「ボランチ=舵取り」説が広まったか》 

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沢田啓明

沢田啓明Hiroaki Sawada

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photograph byMasashi Hara/Getty Images

posted2021/12/20 17:02

ブラジルの超大物監督も「ボランチの語源」を知らなかった!《なぜ日本で「ボランチ=舵取り」説が広まったか》<Number Web> photograph by Masashi Hara/Getty Images

2018年、中村憲剛とイニエスタとのマッチアップ。「ボランテ/ボランチ」という言葉から中盤について考えを深めてみるのも面白い

 フットボールのポジションは、センターバック(後衛の中央でプレーする人)、ミッドフィールダー(ピッチの中央でプレーする人)、センターフォワード(前衛の中央でプレーする人)といった具合に、プレーするエリアを指すことが多い。例外はゴールキーパー(ゴールを守る人)で、役割を説明している。人名がポジションと役割に結びついた唯一の例が、カルロス・ボランチ由来の「ボランチ」というわけだ。

 ペレは「背番号10」をまとって天才的なプレーを見せた。それまでアタッカーの1人が付けていた特別な意味などなかった数字を、ポジションとは無関係なエースナンバーに変えた。

人名が呼び名となった「パネンカ」、そして「ボランチ」

 人名がプレーの呼び名として残った例に、PKの「パネンカ」がある。

 チェコスロバキア出身の技巧派MFアントニン・パネンカが1976年ユーロ(欧州選手権)決勝のPK戦で、西ドイツの名GKゼップ・マイヤーを前にゴールのど真ん中に緩いキックを蹴り込んだ。以来、PKでのこのキックは「パネンカ」と呼ばれる。

 また、1968年、ペレが在籍していたサントスで、日系3世の右ウイング、アレシャンドレ・カネコが州選手権の試合でそれまで誰も見せたことがないドリブルを披露した。ボールを両足の間に挟んでから跳ね上げ、自分の背中側からボールを通し、マーカーの頭上を越して抜き去る……。今日、このプレーは一般に「ヒールリフト」と呼ばれるが、当時、サントス地方では彼の名前を取って「カネコ」と呼ばれた。

 このように、傑出した選手の存在によって、その選手が使用した背番号が別の意味合いを持つようになったり、特異なプレーが発明した選手の名前で呼ばれるようになった例はある。しかし、世界の多くの地域で選手の名前がポジションと役割を意味するようになったのは、カルロス・ボランチによる「ボランチ」、「ボランテ」しかない。

 彼は、ペレやマラドーナですらできなかった偉業を達成したのである。

説明としてはよくできている、のだが

「ボランチとは、ポルトガル語で舵取り、ハンドルを意味する。ブラジルでは、中盤の深い位置から攻守両面でチームを操る選手のことをボランチと呼ぶ……」

 前半は正しく、後半は間違い。すべてが間違っているわけではなく、虚実ないまぜになっているので、「虚」を見破るのが相当に困難だ。

 何度聞いても素晴らしい説明であることに変わりはない。ボランチというポジションの役割を的確に表現し、その魅力を明確に伝えて人々の理解を深めている。日本のフットボール全体にとって有益でこそあれ、何も害を与えていないように思える。

 とはいえ、1つだけ問題がある。この説明が間違っている、というただ1点において。<第1回、第2回から続く>

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「えっ!《ボランチ=舵取りが語源》って間違いなの?」 日本でほぼ無名な「名MFカルロス・ボランチ」の革命的功績とは

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