まだまだお前はよくなる。やらなきゃいけないことがたくさんある――そんな声を聞きながら松坂は練習を続けた。

「夏の甲子園で優勝するまで、認めてもらったと感じたことはありません。終わってからかな、甲子園が。秋の国体のころにはものすごく優しくなってましたね」

　小倉は、松坂の性格を見抜いていた。そのおかげで、プロで20年以上活躍する基礎ができあがったのだ。

「横浜での3年間が土台になったという実感はあります。横浜で野球をやってよかったなと思いますし、小倉さんには感謝してもしきれません。

　ボクは自分では褒められて伸びるタイプだと思っているんですけど、そうじゃなかったのかもしれないですね（笑）」

「本当に、よく考えさせられた」

　松坂は投げるだけのピッチャーではなかった。

　小倉は、プロで活躍が見込めるピッチャーにはバント処理やけん制などフィールディングの練習を課すことで知られている。松坂の守備は高校時代に鍛えられ、プロを凌駕するほどのレベルだった。

「プロに入ってから、その部分は全然苦労しませんでした。高校時代、毎日、嫌になるくらい練習させられましたから」

　また、小倉のデータ分析の確かさ、緻密さには定評があり、横浜は「小倉メモ」を活用することで多くの勝利を手繰り寄せてきた。松坂はプロに入ってから、そのすごさに気づいた。

「ライオンズに入ってミーティングをしたときに、『えっ、これで終わりなんだ？』と驚いたくらいです。データの量は高校のときのほうが明らかに多かったので、ミーティングも楽でしたね。小倉さんに野球の見方を教えてもらい、それがボクを助けてくれました」

2018年、当時在籍の中日で大野雄大と談笑する松坂 ©BUNGEISHUNJU

　プロ野球、メジャーリーグで活躍したあと、故障を抱えながら日本でプレイを続けた松坂の中心にはいつも、横浜で培ったものがあった。

「渡辺監督も小倉部長も、簡単に答えをくれませんでした。『自分で考えてやってみろ』と言われて、違う方向に進んだときにはアドバイスをもらいました。一番身になったと感じたのは、練習の意味が試合で理解できたとき。本当に、よく考えさせられたと思います」

　10月19日。横浜での3年間の上にプロで華麗なキャリアを積み上げた松坂が最後のマウンドに立つ。

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