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陸上日本選手権男子100m「果てなきデッドヒート」~ドキュメント~

posted2021/07/01 07:00

 
陸上日本選手権男子100m「果てなきデッドヒート」~ドキュメント~<Number Web> photograph by Asami Enomoto

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph by

Asami Enomoto

山縣亮太、桐生祥秀、サニブラウン・ハキーム、そして小池祐貴。日本選手権で4人の9秒台スプリンターが走るのは史上初だった。五輪への3枠を争う、極限の一戦に秘められた物語を描き出す。

 スプリンターたちが決勝のスタートラインに立っていた。山縣亮太は、眼前のレーンだけを見つめていた。名前をコールされても視線は動かない。彼は並んだ8人の中で、最年長の29歳であり、王者であった。

 19日前に、鳥取で開催された布勢スプリントで9秒95の日本新記録を出した。自身初めて10秒の壁を破ると、東京オリンピックの切符をかけたこの日本選手権も、予選、準決勝と各組のトップタイムで通過していた。だから、他者を視界に入れることなく、前だけを見て走ればいいはずだった。

 揺るぎない山縣を、レーンの脇から見つめている白髪の男がいた。白石宏――日本のスポーツトレーナーのパイオニアであり、鈴木大地や有森裕子らオリンピアンを治療してきた業界のゴッドハンドだ。

「山縣くんの強さはふたつあります。ひとつは、ずっと走ることを考えていられることです。いつも自分の走る映像を見ている。移動の最中も、洗濯物が干してある部屋の中でも。客観的に自分に向けてカメラを回している。自分の中に確立したものがある。スタート前に、ひとりポツンと浮いて見えるのは、そのためじゃないですか」

 広島の治療院を訪ねてきた14歳の頃からそうだった。華やかで激しいスプリントの世界に身を置くとは思えないほど華奢で静かな青年は、ただ、どこか内に秘めた意志を感じさせた。練習では、他の選手がレーンを駆けている中で、宙の一点を見つめたまま寝転がっていた。頭の中でイメージが出来上がらなければ、決して走ろうとはしなかった。身長や四肢の長さなど目に見えて突出したもののない自分を、その思考力でトップスプリンターへと押し上げてきた。

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