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「阪神スカウトから非常識なカネが…」 あの『ドラフト裏金事件』で阪神オーナーに届いた“怪文書”の中身 

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清武英利

清武英利Hidetoshi Kiyotake

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posted2020/11/14 17:02

「阪神スカウトから非常識なカネが…」 あの『ドラフト裏金事件』で阪神オーナーに届いた“怪文書”の中身<Number Web> photograph by KYODO

2004年ドラフト、曲折を経て、楽天への入団が決まった明大・一場靖弘

「こんなところに落とし穴があった」

 ──べんちゃらやなあ。

 と野崎は思った。確かに、浮かび上がった阪神の不正金額は巨人の8分の1で、久万はあずかり知らないことである。不本意なのだ。しかし、渡邉や横浜の砂原が辞め、マスコミが騒ぎ立てている以上、ファンの風向きをかぎ取る球団としては、久万にも一緒に退いてもらわなければならないのだ。

「私が辞表を提出します。球団による処分に関しては改めて、ということにしたいと思います」

「それでいい」という役員の声があって、オーナーが再び発言し、野崎との間で棘のあるやり取りが交わされた。

「他との均衡ではどうなのか。『巨人が何をしようと』というやり方もあるが……」
「どこの球団でも選手に金銭を渡しています、というわけにはいきません」
「本音のところ、君と僕とでは責任の重さが違う」

 その後、記者発表の内容をどうするか、という議論になり、久万は「社長を続けるつもりであれば言い方を考えるように」と言い出した。野崎は首を振った。辞表提出はもう役員たちの了解済みなのだ。

 謝罪の記者会見は午後6時55分から電鉄本社10階のホールで開かれた。オーナーは虎番の記者たちを前にすると、一転して独特の久万節を取り戻していた。辞任する腹を固めたようだった。

「辞めなければいけないと考えているが、社長も辞めると言っているので、2人で競争して辞めるわけにはいかない。後は社長から説明する」

 野崎は書面を読み上げて辞意を表明した。その後、「オーナーも辞めるのか」という記者の質問に、「先ほど適当な時期に辞めると発言された」と答えた。これで2人の辞任が既成事実化したが、久万は「直ぐに2人が辞めることはない」と含みを残した。

「けじめが足りなかった。もともと、うちは貧乏でケチな会社であるのに……。他球団のオーナーが同じ責任を取っているが、2人が辞めたらいかんので、話し合いながら決める。こんなところに落とし穴があった」

 20年もタイガースオーナーとして君臨し、話題を提供し続けた「西のクマ」も退場する──それを惜しむ空気が虎番の記者たちにはあって、彼らは「こんなところに落とし穴が」という言葉を、最後の「久万語録」として刻んだ。

 その夜、帰宅して艶子に辞職のことを告げたはずだが、記憶の中から夫婦の会話はすっぽりと抜け落ちている。辞めるぞ、辞める、といつも妻に漏らしていたから、やっぱりそのときが来たわ、というぐらいの受け止め方だったのだろう。

【続き】「あの年のカープ木村拓也は“リストラ部屋”を志願する気持ちだった?」広島→巨人トレードのウラで… へ)

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