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星野仙一、落合博満、アライバ。
荒木雅博と中日と2000安打の軌跡。
posted2018/03/04 17:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Takuya Sugiyama
その中で最もホームランの少ない到達者が中日・荒木雅博。
単に打撃の勲章か――。その生き様は「2000本」の意義を問い直す。
Number939号(2017年11月9日発売)掲載の記事を全文掲載します!
晴れの塁上でもなお、ユニホームは泥にまみれた。6月3日、楽天戦。第2打席の初球。謙遜を示すように短く持ったバットで白球を弾き、静かにライトの芝へ落とした。通算2000本目のヒットを祝して、本拠地ナゴヤドームが揺れる。花束と拍手。控えめなお辞儀をもってセレモニーは終わった。それでも一塁へと戻った主役に向けられたフラッシュは止まない。
祝賀の余韻が残るそんなムードを打ち破ったのは矢のような牽制球だった。日本シリーズMVP投手・美馬学が半回転して放る。39歳のランナーが頭から戻る。1球、2球……。いつしかフラッシュが止み、ざわめきが起こる。美馬が3度目の牽制を放った頃には主役は泥だらけになっていた。かつて名球会入りの塁上でこれほどユニホームを汚した選手がいただろうか。
楽天バッテリーが本気で刺そうと思っていたのかどうかはわからない。ただ、荒木雅博を塁上に迎えたなら、確かにそうしなければ不自然だ。彼はいまだ最大レベルの警戒を要する走者なのだから。そして、野球人生最大の喝采は金字塔のバットよりもむしろ、その“止まらない足”にこそ贈られるべきなのかもしれなかった。
半詰まりで二塁の頭の上、が最高。
「どうしたら打てるかは説明できないけど、その代わり、こうやったら打てないよっていうのはみんなに言える。一番気持ちいいのはホームランじゃなく、半詰まりで二塁の頭の上に打った時かな」
熊本県菊池郡にある菊陽中学校。初めて野球選手となったのはこのグラウンドにおいてだった。恩師・丸山伸一が記憶をたぐる。ただ、どうしても脳裏に浮かぶのはバットでなく、彼の走る姿なのだという。
「まさかプロに行くとは思いませんでした。だから2000本も打つなんて思うわけないでしょう(笑)。とにかく打球は飛びませんでした。でも彼を見ていると野球は走るものなんだ、と思わされました」