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星野仙一、落合博満、アライバ。
荒木雅博と中日と2000安打の軌跡。 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2018/03/04 17:00

星野仙一、落合博満、アライバ。荒木雅博と中日と2000安打の軌跡。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

自信家が多いプロ野球界において、荒木のような存在は異質かつ、人々の心を打つ。

指揮官は荒木を微笑んで見つめた。

 落合は次第にそんな荒木を微笑みながら見つめるようになった。ひょっとすると指揮官にはわかっていたのかもしれない。それこそがボールを遠くに飛ばすことにも劣らない、彼の才能であることを。

 一時の高揚で走れることはあるだろう。あるいは怒りや悲しみが足を前に進めるかもしれない。ただ、それらはやがて必ず止まる。毎日、同じ道を同じように歩ませるものとは何だろうか。荒木にとってのそれは恐れや迷いだった。その両方が彼の心を洗った。名誉も、金も、錆にはならなかった。だから、彼の足は昔も今もあれほど軽やかに地を蹴るのだ。

 ただ、8000を超える打席に向かう中、その足が囚われそうになったことはある。落合が去り、バットのみをもてはやす価値観がグラウンドを支配するようになった頃、ベンチに座らせられる中で、己に向けていた疑心や怒りを他者に向けるようになった。足取りが歪み始めた。

「大峯千日回峰行」の僧を訪ねて。

 そんな時、仙台にある寺を訪ねた。

 福聚山・慈眼寺。そこには「大峯千日回峰行」という修行を成し遂げた僧がいた。1日48km標高差約1300mの山道を1000日歩く。途中で止めれば自ら命を絶たなければならない。そのための短刀と紐を白装束に帯びる。獣、嵐、病、飢え……。次の瞬間、どうなるかわからない一歩を毎日、踏み出し続ける。この1300年で2人しか遂げられていない難行だ。

 苦行者にどこかで共感し、救いを求めていたのかもしれない。11月のある日、門をくぐった。堂内には他にも悩める人たちがいた。荒木は全てを解決する「答え」を期待していた。ただ僧は語らなかった。

 迷いの中にいるんです。

「そりゃあ、人間ですから」

 どうすれば解決できるでしょうか。

「経験でわかります」

 ひたすら自給自足を営み、普通に暮らす。それでいて、朝夕、正座して聞いた読経の声は今まで聞いたどんな大声よりもドン、ドンと腹に響き、魂を揺さぶった。

「普通でいいんだって。極めていく人は普通なんだってわかった。だから俺も門前の小僧でいい。一番、多くのことを学べるのは偉い人ではなく、小僧だから」

 いつしか足取りは真っすぐに戻った。

【次ページ】 偉業後も野球小僧のままで。

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