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今季の箱根は3強体制になるのか。
全日本を制した神奈川大の本音は?

posted2017/11/06 11:40

 
今季の箱根は3強体制になるのか。全日本を制した神奈川大の本音は?<Number Web> photograph by Kyodo News

青学、東海大の2強かと思われた今年の駅伝シーズンに、神奈川大が名乗りをあげた。箱根もデッドヒートになりそうだ。

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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Kyodo News

 全日本大学駅伝のゴール地点、伊勢神宮内宮にある洗面所。

 隣になったのは、神奈川大学の大後栄治監督だった。妙なところで鉢合わせしたものである。あと数分もすれば、先頭の神奈川大のアンカー、鈴木健吾が飛び込んでくる。歓喜の瞬間はもうすぐそこだ。

「監督、想定通りだったんじゃないですか」

 大後監督は、淡々と手を洗っている。

「想定通りというか、まあ……」

 そう言って微笑んだ。

 神奈川大にとって、20年ぶりの優勝。絶対にうれしいはずだ。しかし、そんな素振りはおくびにも出さない。

 アンカーの鈴木が胴上げされるのを、大後監督は微笑みながら見ていた。監督自身は、胴上げをやんわり断った。

「近くに、2位の東海さんもいましたからね」

 いい光景だった。

日体大のマネージャー時代に培った方法論。

 1990年代、大後監督は天下を取った。

 1964年に生まれた大後監督は、日体大時代はマネージャーだった。今もそうだが、日体大のマネージャーは記録会の自主運営など、驚異的な仕事量をこなす。

 当時の日体大は監督が不在だったため、学生主導で練習が行われていた。そこで大後監督は寮にあった以前から伝わる練習計画に隅から隅まで目を通し、練習の立案をしていた。それが「指導者・大後栄治」の基礎を作った。

 1989年に24歳の若さで神奈川大のコーチに就任すると、「日体大メソッド」を導入して3年目で箱根本戦復帰、4年目でシード権を獲得。そして1997年に初優勝し、翌年には連覇した。

 選手たちに徹底して走り込ませ、箱根駅伝ディスタンスであるハーフマラソン仕様に仕上げ、天下を取ったのである。

【次ページ】 「1990年代は、走りこめば優勝までたどり着けた」

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