野球善哉BACK NUMBER
球場の食堂で目撃した山本昌の気遣い。
32年の現役生活を支えた実直な姿勢。
posted2015/12/31 12:00
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph by
Kyodo News
その振る舞いに、50歳まで現役を続けられた成功の秘訣を見た。
セ・リーグのクライマックスシリーズが行われていたある日の、東京ドーム内の食堂でのことである。
なじみの番記者に、現役引退後初となる“紙面解説”をしていた山本昌は、前方から視線を合わせて近づいてくる記者に気づき、立ち上がった。
顔見知りではない。今、自身の解説を書き取っている記者と同じ会社の同僚ということで「挨拶させて欲しい」とやってきたのだ。
名刺を差し出してきた記者を前に、山本昌は座ったままではなく、それでいてただ立ち上がるだけではなく、テーブルの右の通路側に出て、記者との挨拶を交わした。さらに、その記者の話が長くなると察知した山本昌は、自分が座っていた椅子をそっと直したのだった。
対面する記者に、悟られないようにする気遣い。
また、立ち上がった際に椅子が後ろの席の邪魔になっていたことを気にしてのごく自然な心遣いは、つい数日前までかなりの額のお金を稼いでいた人物とは思えない、サラリーマンのような機転の利いた振る舞いだった。
「僕はグラウンドに唾を吐いたりしない」
山本昌が長く現役生活を続けられた成功の背景には、まさにこの実直な姿勢がある。
精巧なコントロールとスクリューボールを軸とした多彩な変化球、投球フォームへのあくなき探求心など、それこそ山本昌を語るフレーズはいくつも浮かぶが、何より山本昌自身が確信をもっているのは、その人間的な部分だ。現役時代、こんな話を本人から聞いたことがある。
「自分の現役生活が成功と言えるのだとしたら、一生懸命にまじめにやってきたことだと思っています。道徳的な話になりますが、正しいと思ったこと、モラルを一つ一つ重ねていけば、心のより所になるということです。自分に嘘をつけば、必ず自分に返ってきます。
僕はグラウンドに唾を吐いたりしないし、ごみを見つけたら拾うようにしています。またゲーム以外で、ホームベースを踏むことはしない。そう決めていました。『これだけのことはやる』とか、『こういうことはしない』と決めて実践する。そういう心のより所があって、絶対に野球には裏切られないという気持ちでマウンドに立てる。それが大きな力になりました」