8回を終わってポイントはモレノ優位。

　モレノの強さについて、山中は試合から一夜明けた記者会見で次のように語った。「ジャブ、距離感、打ち終わりのタイミングの取り方は、今まで対戦した中でモレノほどの選手はいなかった。こりゃみんなパンチが当たらないだろうと思いましたね」。

　サウスポー対決となった一戦は、ジャブの差し合いで始まる。1ラウンドが終わってコーナーに戻ってきた山中は、セコンドに「面白い」とつぶやいた。望んでいた強者との一戦が幕を開けたのである。モレノとの高度な競り合いの中で、山中は普段にまして右のパンチをよく出した。ジャブや右フック、左ストレートから返しの右フックがそうだ。ワンツー主体の山中がこれほど右を出した姿は今まで見たことがない。それは左が当たらないことの裏返しだった。モレノの技量が山中の技を次々と引き出しているように見えた。

　そして試練の中盤が訪れる。激しい主導権争いを演じた序盤から抜け出したのはモレノだった。チャンピオンの打ち終わりに巧みにリターンを合わせ、思わぬタイミングでジャブをヒットさせる。まるで山中の呼吸を読んでいるかのようだ。いずれも軽打ではあるのだが、パンチの精度が上がっていく。「最後まで自分のペースで戦いたい」。戦前の言葉とは裏腹に、山中はモレノにペースを奪われてしまったのだ。

　8回を終わって採点が公開され、ジャッジ2人が76－76のドロー、1人は77－75でモレノを支持した。チャンピオンが後半に入ってリードを許したことなど、過去の防衛戦では一度たりともなかった。劣勢の山中は9回にエンジンをふかすものの、逆に右フックを食らってふらついてしまう。これでジャッジ3人すべてがモレノのリードとなった。山中ついに王座陥落か─―。客席も、テレビの前のファンも、そう覚悟した瞬間だった。

10回、左ストレートがようやくヒット。

　最大の山は次のラウンドに訪れた。体力的にもきつかった山中が再び前に出たのだ。空を切り続けていた左ストレートがようやくヒットする。モレノはピンチを脱しようとクリンチを連発。山中は11、12回も左をこれでもかと打ち込み続ける。リングの上に、なりふり構わない山中がいた。

　この終盤の気迫が、薄氷の勝利を呼び込んだ。帝拳ジムの浜田剛史代表は「紙一重のところで（9回に続き10回に）もう一度勝負して勝てたところが大きい」と勝因を分析した。

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