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名脇役として晴れ舞台へ。リビンストンの“復活”。
~大怪我乗り越えNBAファイナルへ~ 

text by

宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

PROFILE

photograph byYukihito Taguchi

posted2015/06/18 10:30

ウォリアーズとの契約は3年。大怪我以降、耐えに耐えてようやく見つけた“居場所”だ。

ウォリアーズとの契約は3年。大怪我以降、耐えに耐えてようやく見つけた“居場所”だ。

 11年前、ショーン・リビンストンはレブロン・ジェイムズのすぐ後を追いかけていた。ジェイムズが高校卒業と同時にNBA入りした1年後の'04年に、同じく高卒後にNBA入り。ジェイムズほど圧倒的ではなかったが、同年代の中では頭ひとつ抜けたサイズと能力を持ち、クリッパーズに4位でドラフト指名された。将来のオールスター選手として期待されており、自分でも、何でもできると思っていたという。

 世界が一変したのは'07年2月。何ということのない速攻からのレイアップの着地に失敗し、膝のほぼすべての部位を断裂や脱臼する大怪我を負った。選手生命の危機にさらされただけでなく、故障直後には足を切断する可能性さえあったほどだ。まだ21歳の時だった。

 リビンストンが本物の強さを見せたのはその後のことだった。怪我の翌年にクリッパーズから解雇されたが、諦めることなく復帰を目指してリハビリに励んだ。その後5年は、契約先を見つけたと思ったら解雇やトレードで放出されるという繰り返し。6年でのべ10のNBAチームを渡り歩き、10日間契約や下部のDリーグでのプレーも経験した。

「自分の話が、故障した人の励みになれば嬉しい」

 その間、リビンストンが固く決めていたことがあった。故障した時の映像を見ないこと。後ろ向きにならず、復帰することに集中するためだった。

「自分のメンタル面をコントロールすることが何よりも大事だった」と言う。その決意は今に至るまで守られている。

 去年夏、故障後初めて複数年の契約を獲得したリビンストンは、ウォリアーズの控えガードとなった。NBAに入った頃に思い描いていたような中心選手ではなく脇役だが、それでも優勝を狙えるチームで自分の役割があるということが決め手となった。彼のような自分のことよりチームの勝利を優先する姿勢は、今季のウォリアーズのチームの強さの秘訣だ。結果、リーグ最高成績、そしてプレイオフでの快進撃に繋がった。

 NBAファイナルの舞台で、リビンストンは進んで自分の体験談を語っている。

「色々と経験した自分の話が、故障した人の励みになれば嬉しい」と言う。

 本当につらいときは、ほんの少しの光があるだけで頑張れる。そのことを、心から理解した8年間だった。

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