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試合後に井岡一翔はなぜ涙を流した?
3階級制覇の陰にあった焦りと重圧。
posted2015/04/23 11:30
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Getty Images
サラブレッドと言われ続けた男の目に涙が光った――。4月22日の大阪府立体育会館。WBA世界フライ級王者フアン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)に挑んだ井岡一翔(井岡)は、8度防衛中のチャンピオンとクロスゲームを演じ、2-0のマジョリティ・デシジョンで判定勝ち。苦労して手にした3階級制覇という栄冠だった。
1ラウンド終了のゴングが鳴ったとき、青コーナーに戻る井岡が右拳で小さくガッツポーズを作った。この瞬間、リングサイドの筆者は「今日は勝てそうだな」と感じた。井岡の生命線であるジャブがヒットし、それはすなわち、井岡にとって理想的な距離、157cmと小柄なチャンピオンにとってはわずかにパンチが届かないという絶妙な距離をキープできていることを示していたからだ。
距離のコントロールは堅実なディフェンスをもたらす。
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レベコはパンチが届かずに、体が泳ぐ場面が目立った。もちろん距離が詰まるシーンもあるのだが、その場合はしっかりブロックしてチャンピオンのアタックをしのぐ。強烈なブローがあるわけではない。アクロバティックな動きを見せるわけでもない。それでもなお、隅々まで計算し尽くし、リスクを最小限に制御するスキのないボクシングこそ、井岡というボクサーの本来の持ち味だ。ここ2試合ほど、らしからぬ雑なボクシングを見せていただけに、手ごたえを感じさせる立ち上がりだった。
実力者レベコ相手に、気の抜けないラウンドが続いた。
井岡が本来の力を出しながらも、試合が競った展開になったのは、レベコが確かな実力者だったからだ。キャリア36戦で負けはただ一つ。2007年にシドニー五輪金メダリストのブライム・アスロウム(フランス)にWBAライトフライ級タイトルを奪われて以降、7年間負けなしのキャリアはやはり侮れなかった。「一瞬たりとも気を抜けなかった」。勝者のコメントが試合の緊張感を物語った。
レベコは距離で苦しみながらも、あの手、この手で井岡を攻略しようと試みた。攻撃の入り方を工夫し、打ち終わりのカウンターを狙い、コンビネーションを駆使し、手持ちの材料を総動員してベルトを守ろうとした。しかし井岡は崩れない。逆に8、9回に右クロスをレベコに浴びせ、王者を突き放しにかかる。ここで父でもあるセコンドの井岡一法会長は、勝利をより確かなものにしようと、息子の動きを引き締めた。
「9ラウンドに倒しにいこうとしたが、いくなと。レベコには一発があったし、最後まであきらめていなかった」
井岡は10回から再びディフェンスの意識を高め、距離の調整に細心の注意を払った。この慎重さに、井岡が現在置かれている状況、この一戦の持つ意味がよく表れていたと思う。