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キャンプ地に甦る永谷脩さんの思い出。
~王会長が語った“信頼感”~ 

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

PROFILE

photograph byHideki Sugiyama

posted2015/02/25 10:00

2008年10月、ホークスの監督を務めていた王貞治氏に取材する永谷さん(左から2番目)。

2008年10月、ホークスの監督を務めていた王貞治氏に取材する永谷さん(左から2番目)。

 2月1日がプロ野球選手にとっての正月なら、プロ野球を追いかけるスポーツライターにとっても2月1日は正月だ。今シーズン、どんなふうに野球を追いかけ、誰の想いを描きたいのか。それによって2月1日をどこで過ごすのかが決まってくる。それを自分で好きに決められるのがフリーの特権じゃんかと、そう教えてくれた大先輩がいた。

 永谷脩さんだ。

 長くプロ野球を追いかけ、幾多の野球人の想いを書き綴ってきた永谷さんは、スポーツライターのパイオニアである。永谷さんの書く原稿は情報が盛りだくさんで、読むたびに圧倒された。いつの間に、どこで、誰から……そんなエピソードがこれでもかと書き込まれていて、まるで注ぎこぼしが升にもあふれる、飾り気のないコップ酒のような作品だった。

 しかし去年の6月、永谷さんは病に倒れ、逝ってしまった。まだ68歳だった。

 だから今年のキャンプに永谷さんはいない。2月1日は去年の日本一、ホークスのキャンプにいるはずだったのに……永谷さんと現役時代からのつきあいだった王貞治さんがこんな話をしてくれた。

永谷さんは木戸御免、どこの球団もウエルカムだった。

「そうか、2月1日は日本一のチームに……それは気づかなかった。あの人は神出鬼没だったし(笑)、いつ、どこにいても不思議じゃなかったからね。おそらく選手たちの気持ちをわかってくれていたんじゃないかな。命懸けでやってることや今年に懸ける気持ちとか、勝ったことの大変さとか、そういう我々の気持ちが永谷さんに伝わっていたからこそ、正月には日本一のチームのところへ行くと決めていたのかもしれないね」

 プロ野球人にとっての元旦の夜、永谷さんは決まって夜の街へ繰り出し、酒を呷っていた。宮崎には行きつけの居酒屋があり、女将に手土産を渡して、気の置けない仲間たちと語り合っていた。

「永谷さんは木戸御免、どこの球団へ行っても知り合いがいっぱいで、ウエルカムだった。にこやかな笑顔で、こんちわーって来られると、つい本音をしゃべってしまう。こっちの気持ちを開かせてしまう、信用できる人だったよね」

 今年もキャンプの取材に来ているよ、だってあの永谷さんがお墓の中でおとなしくしているはずがないからね――王さんは、そう言って笑っていた。

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