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46年前の幻の世界野球リーグ、
“グローバルリーグ”誕生秘話。
 

text by

小関順二

小関順二Junji Koseki

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2015/02/25 10:30

46年前の幻の世界野球リーグ、“グローバルリーグ”誕生秘話。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

グローバルリーグから帰国し、飛行機のタラップから降りてくる「東京ドラゴンズ」の選手たち。プロ・アマ混合の日本の選手たちは、たしかに“世界”を垣間見た。

 全国野球振興会(以下、日本プロ野球OBクラブ)理事長在職中の昨年2月6日、肝細胞がんで亡くなった森徹には“悲願”が2つあった。

 1つは元プロ野球選手の「高校、大学での指導資格の取得」で、これは2013年に学生野球憲章の規則が大幅に改正されたことにより道が大きく開かれた。教職免許を持たないプロ野球OBでも、一定の研修を受ければ高校生、大学生を指導できるようになったのである。

 具体的には、NPBの主催で1日5時間程度「プロ・アマの歴史、新人選手を獲得する際のルール、指導者の役割、傷害予防」を、さらに日本学生野球協会の主催で、2日間・各日7時間程度、「部活動の位置づけと学校長の権限、留意すべき教育的配慮の事例、安全管理など」を受講したのち適性審査を申請し、指導登録すれば、手続きが完了する。

 この研修制度以前はどうだったのかというと、たとえば高校生を指導するには同一校での2年間の教員経験が必要だった。それがわずか3日間の研修によって可能になったのである。この制度改革に、日本学生野球協会、NPB(日本野球機構)とともに情熱を傾けたのが日本プロ野球OBクラブ理事長の森だった。

 最高の技術を備えたプロ野球OBが、発達途上にある高校生や大学生を指導できない――早稲田大時代に立教大の長嶋茂雄と並び称され、プロ入り2年目の1959(昭和34)年には31本塁打、87打点で二冠王に輝いた森にとって、プロ・アマの断絶は目の前に理不尽に立ちはだかる壁に見えたに違いない。

果たされなかったもう1つの悲願。

 森のもう1つの悲願は、存命中には果たされなかった。それは一度現役引退した後、監督兼任選手として参加したグローバルリーグの再評価である。「グローバル」を「世界的な」と訳してはつまらない。

 今回グローバルリーグゆかりの人物たちに改めて話を聞いたのだが、内野手として同リーグに参加し、のちに日米を股にかけたスポーツマネジメントを展開するトム福井こと福井勉は、「地球リーグだよ」と上気した顔で言う森の声を聞いている。

【次ページ】 アメリカの不動産王が構想した、5カ国リーグ。

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